第20話「結成! 環境テロ撲滅パーティ!」
帰宅後の空気は重く、昼食の時間もイクスは一言も喋らなかった。
そして午後からはずっと、父ツルギの仏壇がある部屋にこもっている。
ヤイバもかける言葉が見つからず、悶々と家事をこなしていた。
そんな中、放課後になるとさも当然であるかのように例の二人が顔を出す。
「なるほど、午前中の停電はそれが原因でしたか。っと、その隙はいただきです」
「イタッ! イタタタ! 減る、減ってる、死んじゃうってチイたん!」
「だから、その呼び方ってどうなんです?」
「ガチでハメてくるし! ってか、ハメ外し過ぎって感じ。チイたん、ゲーマー女子?」
「昔から都牟刈くんとよく遊んでいるので」
今日も今日とて、都牟刈家に上がり込んだチイとカホルが居間を賑やかに明るくしていた。二人は今、対戦格闘ゲームに興じている。
幼い頃からチイはゲームが達者で、まるで精密機械のような戦い方をする。
それに対してカホルは、いかにも素人丸出しといった印象だが善戦していた。
そんな二人は、コントローラーをガチャガチャ言わせながらヤイバの話に耳を傾けてくれる。事情を話したら、少しだけヤイバも心が軽くなった気がした。
だが、現状は絶望的である。
重苦しい空気を払拭するように、カホルははしゃいでみせていた。
「なんか、話わかったかも。アタシの頭でもわかった。んと、また魔法取られちゃったんだ? エルフさん」
「そうなんだ」
「つーかさ、その伯爵? って人? 滅茶苦茶趣味悪くない? キモいんですけど」
「うん、狡猾で残忍な手口だ。……イクスさんは人がいいから、あれでは」
「って、チイたん! あーしが話してる時は止めて! やめて殴らないでちょ、ま! おま!」
怜悧な無表情で眼鏡を輝かせながら、チイはカホルのキャラをボコボコにしていた。
どうやらカホルは、喋ると手が止まるし、手を動かしてる最中は語彙力が下がるらしかった。それでもどうにか、やぶれかぶれの博打で放った大技が炸裂、今度はカホルが勝利する。
「うっし! あーし偉い! ……そっかあ、チイたんはゲームも好きなんだ。その、ヤイバっちと昔から? あーしもじゃあ、もう少し練習しておこうかなあ」
「カホルさんは雑、立ち回りもコンボもまるで駄目ですね。それはさておき……」
クイ、と眼鏡のブリッジを指で押し上げ、チイはコントローラーを手放した。
その生真面目な表情は、まっすぐにヤイバを見詰めてくる。
「敵のやり口がだいだいわかりました。ニ度の事件で、どうやら今回の戦いには明確なルールと法則性があると判明したんです」
「具体的には? 言祝さん」
「……そろそろチイでよくないかしら? 私もヤイバくんって呼ぶわ」
「あ、うん。じゃ、じゃあ……チイ?」
「ッッッッッッ! ……いい。ええ、凄くいいわ。それでいきましょう、ヤイバくん。それで」
改めてヤイバに向き直ると、チイは語り出した。
それでカホルも加わって、みんなで輪になるように額を寄せる。
「例の伯爵の目的は、イクスさんの持つ全ての魔法を奪うこと。その手段は、ブランシェちゃん……ブランク・スクロールと呼ばれる空白の人間魔導書に呪文を移し替える」
「うん、そうだね」
「ちっちゃくて褐色のエルフちゃんもいたよね! あの子がブランシェちゃんかあ。あ! あーし思いついたかも! それってつまりさ」
ドヤ顔でカホルが鼻息も荒く語り出す。
「エルフさんが魔法使わなきゃ、奪われないんじゃね? やっば、あーし天才?」
「……まあ、そうですね」
「え、ちょ、なに? チイたん、反応薄くない?」
「魔法使いが魔法を使わず、どうやって伯爵を無力化させるんです? イクスさんは足腰も弱いし、恐らく戦闘になったらかなり辛いのではないでしょうか」
「あ、そっか。でも、魔法使ったらちっちゃいエルフちゃんに取られちゃうんでしょ?」
「ええ。そして、伯爵はあの手この手でイクスさんに魔法を使わせるでしょう。今日の停電騒ぎのように」
そう、そしてブランシェを盾にして、魔法を奪う。
これではイクスは、強力な攻撃魔法が使えないし、相手は一度魔法攻撃に耐えさえすれば呪文を奪えるのだ。既に二つの魔法が盗まれてしまっている。
イクスが持つ魔法は膨大な数にのぼるが、盗られたものはもう戻ってはこないかもしれない。
「あー、なんかイライラするし! なんとかならないの? ヤイバっち」
「……まず、確認しなきゃいけないことがある。伯爵の目論見はわかったけど……彼が連れ歩いているブランシェは、彼女本人の意志はどうなんだろうか」
まだまだ幼いブランシェとは、言葉を交わしたことがない。
まるで伯爵の操り人形のように、命を握られ、必要とあらば傷つけられるままに生きている。完全に「魔法を吸収して奪うアイテム」として使役されているのだ。
そんな彼女が、何故伯爵に付き従っているのか。
「なにか理由があって、ブランシェは伯爵に逆らえない。その理由を解消すれば、あるいは」
「あ、そっか! エルフちゃんをこっちの仲間にしちゃえばいいんだ。ニシシ、やるじゃんヤイバっち」
「でも、あの伯爵が計画の要ともいえる子を手放すでしょうか。ヤイバくん、どうにか二人を引き剥がし、ブランシェちゃんと話をする方法があればいいんですけど」
その時だった。
うしろでバン! とふすまが開いて、イクスが現れた。
彼女はよろよろと歩み出ると、慇懃に三人へ頭を垂れる。
「少年、それにチイとカホルも。世話になったのう。……ワシは行かねばならん」
その大きな瞳には、悲壮な決意が揺れていた。
それでも小さく微笑んで、美貌の老エルフは歩き出す。
手にはホームセンターで買った杖があり、格好は先日こちらの世界に来た時の装束を身にまとっている。すぐにヤイバは、イクスを引き止めた。
「待ってください、イクスさん」
「止めるな少年。ワシがやらねばいかんのじゃ」
「そんなヨロヨロ歩きで、どこに行こうっていうんですか」
「またすぐ伯爵は動き出す。これ以上、こちらの世界に迷惑はかけられんでの」
そして、イクスの肩が服の奥からほんのりと光る。
瞬間、ふわりとイクスは浮き上がった。
「それにほれ、空を飛ぶ魔法を使えば大丈夫じゃ。触媒としてほうきがあればもっと楽なんじゃがな」
「……その魔法を伯爵に、ブランシェに奪われたら? 突然行動力がほぼゼロになりますよね?」
「そ、それは」
例えば、ヤイバが考えるならこうだ。
自分が伯爵なら、高所からブランシェを突き落とす。
間に合うならば、イクスは自ら飛んで抱きとめるだろう。だが、ギリギリのタイミングだった場合、ブランシェ自身を魔法で宙に浮かせることも考えられる。
その瞬間から、大空はブランシェのものとなり、イクスの翼は奪われるのだ。
そして、浮遊魔法はなかなかかえってはこないだろう。
その現実をゆっくり説明したら、流石にイクスもグヌヌと黙ってしまった。
「そういうわけで、イクスさん。僕が協力するので、二人でことに当たりましょう。一人では無理ですよ」
「しかしのう、少年」
「僕は学校行ってないんで、時間はあります。それに、この間みたいに強化魔法を使ってもらえれば……正直、肉体労働は苦手だけど、それなりに動けると思うんです」
そして、二人の少女も立ち上がる。
「ヤイバっちさー、そこは僕じゃなくて、僕たち! じゃん?」
「ええ。私たち三人でイクスさんに協力しましょう。これはつまり、パーティを組むということです」
「まずはさ、褐色エルフちゃんと話してみようじゃん? なんか事情があんのかも」
「なにか秘密を握られているか、人質を取られているか……ですね」
少年少女のまなざしに、イクスは戸惑いながらも苦笑を零す。
そして、ゆっくり畳の上に降りると、そのままちゃぶ台の前に座った。
「……しかし、危険じゃ」
「エルフさん一人のほうが危ないっしょ!」
「ううむ、じゃが」
「今、どうしても避けなければいけないのは……イクスさんの魔法が全て奪われてしまうことです。これを防ぐためには、こっちも四人でことにあたるのが上策かと」
カホルとチイの言う通りだった。
だが、イクスはまだまだ渋る。
「回復魔法を奪われてしまったんじゃ……お主らになにかあっても、ワシには治してやる力がもうない。やはり危険じゃ」
「あーし、絆創膏とか持ち歩いてるし!」
「まだ、他者の身体能力を強化する魔法があるのでは? 防御力を上げれば怪我は防げないでしょうか。それと」
チイは肘を抱きつつ、形良いおとがいに手を当てる。
そして、眼鏡の奥からヤイバをそっと見詰めてきた。
「敵は目的の都合で、イクスさんを直接攻撃してくることはありません。イクスさんがうっかり死んでしまえば、魔法は奪えなくなるのですから」
「……それはワシも考えた。つまり、ワシさえいなくなれば」
「そういう話ではありません。敵もまた、イクスさんに本気の攻撃ができないんです。私たちがブランシェちゃんを極力攻撃したくないのと同じですね」
「むう、チイは知恵が回るのう。はてさて、どうしたものか」
ヤイバの中ではもう、答えは決まっていた。
最強の魔導師とはいえ、老いたイクスを放り出す訳にはいかない。なにせ、満足に一人で歩くことさえできないのだ。
とりあえず、改めて作戦を練りつつ、伯爵の出方を伺うしかない。
そして、次の事件が起こるまでにそう時間はかからないのだった。
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