第21話「装備の準備はいかがでしょうか?」
ヤイバも決意を固めた。
まさに、覚悟完了というやつだ。平凡などこにでもいる不登校児でも、流石にキルライン伯爵の跳梁は許せない。それに、今のイクスが一人で戦うのは無理だ。
チイやカホルも、どうやら付き合ってくれるらしい。
学友を危険に巻き込むのは心苦しいが、反面頼もしくもある。
そんな三人の前で、イクスは泣きそうにはにかんで魔法を励起させた。
あっという間に、今のそこかしこに魔法のアイテムが落ちてくる。
「にはは、さあ勇者よ。好きな武器防具をえらぶがよいぞー、なんてのう」
あっという間に、ファンタジー小道具の見本市みたいになってしまった。
いわゆる空間収納の魔法で、彼女は自分の世界に残してはいけないマジックアイテムも保管している。
早速、興味津々といった感じでチイとカホルがあれこれと物色を始めた。
「……いつも思うんですけど、どうして布面積が小さくい防具が多いのでしょうか」
「これなんかもう、水着じゃんね! めちゃハイレグだし」
「あー、それはミラが……ヤイバの母親が着てたやつじゃなあ。魔法の加護でめっちゃ防御力は高いんじゃが。動きやすいし、こういうのがあやつは好きじゃったよ」
何故か二人の少女が、ジト目でヤイバをすがめてくる。
いや、僕の趣味じゃないし……そう思って視線を逃がせば、あまり過激じゃない防具も色々とあった。ちょっとガシャガシャいいそうなフルプレートメイルをどけて、ヤイバは肩当てを拾った。
ちょうど長袖のシャツから、胸当てと一体化したワンショルダーの肩アーマーを装着。
あとは、沢山のポーチがならんだベルトを腰に巻いて、ブーツを選ぶ。
兜の類はいらないかなと思ったが、ちょうどいいバンダナがあったので軽く頭に巻いてみた。
「どうかな? 動きやすいほうがイクスさんをフォローしやすいし」
「ふむ、それは結構便利な魔法が施してあってのう。いい目利きじゃ」
「鎧姿で町中を歩くわけにもいかないしね」
「なに、大丈夫じゃよ少年。ちと手を出すのじゃ」
言われるままにヤイバは、右手を差し出す。
その手の甲に手を重ねて、ほんわりとした光をイクスは静かに絞り出した。
まるでレーザープリンターみたいに、ヤイバの手に紋様が刻まれる。
「念じてこの紋様に触れれば、瞬時に普段の姿と防具の着用を切り替えられるようにしておいたわい。ふむ、この手の魔法はまだまだワシも捨てたもんじゃないのう」
「ありがとう、イクスさん」
あとは武器だが、さてどうしたものか。
武道は勿論、格闘技の経験もない。
家事には少し自信があるが、いうなれば今のヤイバはレンジャーLv1、ゲームならキャラのクリエイトが終わった直後の状態だった。防具だけは一流の初心者なのだった。
だが、突然眼鏡を上下させながら、鼻息も荒くチイが前に出てくる。
「武器はこれにします。そして、防具は……ああ、これがいいんじゃないでしょうか。どうですか、ヤイバくん。似合う、でしょうか」
「え、いや……うん、いいんじゃない?」
弓矢を手に、チイが自分の身体へと服を当てる。小さな貴石を散りばめたワンピースで、スカートの丈は短い。なんか、女児アニメのヒロインが変身する時に着てそうなやつだった。
ヤイバは良し悪しがよくわからないので、曖昧に肯定したのだが……何故かチイが、むすーっと頬を膨らませて黙る。
「あ、いや、凄くいいと思うよ。ほら、チイは昔からそういうの好きだったし」
「……本当、ですか?」
「ちっちゃい頃から、なんだっけ? 魔女っ子アニメとか見てたしさ。あと、弓?」
「ええ。私、こう見えても弓道五段ですので、他には剣道と薙刀、空手を少々」
早速、イクスがチイの手にも刻印を施す。
それをうっとりと見てから、衣装と弓を手にチイは縁側へ立った。
「ヤイバくん、見ててください……私の変身!」
「あ、はい」
「おー、頑張れチイたん! えーと、あーしは――」
その時だった。
チイの全身が光に包まれ、衣服が瞬時に溶け消える。
そして、均整の取れた裸体は逆光でシルエットしか見えず、あっという間に弓の魔法少女がその場に現れた。
しかも、本人は自分で自分を見下ろしにんまりと満足げである。
「ああ、夢のよう……どうでしょうか、凄く魔法少女っぽくないですか!」
珍しく興奮しているようで、チイがぐいぐいと来る。
十年以上の腐れ縁、幼馴染のヤイバは知っていた。
小さい頃からチイは、変身ヒロインが大好きなのだ。美少女戦士セイバームーンとか、魔法少女マジコ☆まりことか。
カホルが呆気にとられてぽかーんとしてしまう程度には、学級委員長の変貌ぶりは凄まじかった。学校ではチタンの女とか呼ばれている優等生が、今は童女のようである。
しかし、それに気づいて我に返ったチイは、途端に顔を赤らめうつむいてしまう。
「……いえ、今のは、その……なんというか」
「あっ、ううん! 全然いいし! あーしも結構オタクだし!」
「やっぱり……オタクっぽいですよね、こういうの」
「いいっていいって! めちゃカワじゃん、チイたんさ。あーしもなにか選ばないと」
カホルはなんだか、しばし見惚れた後で猛烈なフォローに騒ぎ出した。
珍しいなとヤイバは内心驚く。
カホルはいつでも、相手の中に「自分ってこういう感じじゃん?」と印象を先置きして、そこから絶対に踏み込ませない。同時に、他者にも表面上は優しくて明るいが、深く関わろうとはしない少女だった。
それが、今はチイに親身とさえ言える態度だった。
「さーて、あーしはどうしようかなあ。武器は……まあ、男だったらステゴロ勝負? みたいな?」
「あなた、女の子でしょう」
「ニシシ、そうだけどさあ、チイたん。あーし、カラーテ習ってたことあるよ、日本に来る前に」
「あら、意外ですね」
「通信教育だけどねー。ってことは、カンフーっぽいコーデでいこっかなあ」
誰にとってもいわゆるギャル系、なにを言われても同じ笑顔しか返さない少女の意外な一面。そもそも、自分のことを放すカホルがヤイバにもとても新鮮だった。
「あーしはバカだからさあ。グーで殴って蹴り飛ばせばだいたいなんとかなるかなーって」
「カホルさん……」
「あっ、この服いいじゃん? チャイナドレスっぽくてさ。あっ、髪留め! そうそう、これ……チイたんさ、あーしとお揃だと嫌? ちょうどこれ二つ色違いで……チイたん?」
その時だった。
弓を手放したチイは、そっと両手でカホルの頬に触れる。
いつもの生真面目な無表情だったが、眼鏡の奥に熱っぽい輝きがカホルを映していた。
「カホルさん、自分で自分をバカだなんて言ってはいけません」
「え、あ、おおう……で、でもさあ。あーし……あんな噂も当然っていうか」
「それはヤイバくんが完全否定したので大丈夫です。手段は褒められたものではありませんでしたが。あと」
不意にコツン、とチイがカホルの額に額を押し当てる。
シュボン! とカホルは耳まで赤くなった。
「私の友達をバカだなんて言わないでください」
「友達? 友達……」
「カホルさんはもう、私の友達です。悪く言わないで、もっと堂々としていてくださいね?」
「う、うん。わかった……友達かあ、友達。んじゃ、ヤイバっちは?」
今度はチイが黙った。
が、すぐに歯切れの悪い言葉を残して離れる。
「お、幼馴染……ですね。腐れ縁です」
「そ、そか。うん、わかった。じゃ、あーしも美少女格闘家に変身すっかなー?」
「あと、髪留めはいただきますね。なんか、凄い魔法が込められてるかも」
「ホント!? ちょ、ちょい待ち、チイたん! あーしがつけたげる」
二人でも本当にかしましいもので、眺めて目を細めるイクスも懐かしそうにしていた。
そんな彼女に、ヤイバは改めて武器のことを聞いてみる。
「イクスさん、僕の武器なんですけど」
「そうじゃな、龍殺しの剣から必殺必中の魔槍まで、なんでもござれじゃよ」
「ちょっと取り回しが……経験ないし。ナイフとか、小さな武器ってあります?」
「ん、そこにも並んどるがほかには……ちょっと待つのじゃ」
またもイクスが手を輝かせる。
だが、彼女の手の先ではなく、頭上にゲートが開いてアイテムがボロボロと落ちてきた。
「アイタ! いたた……魔導師殺しのナイフとかが鞘から抜けてたらワシ、死んでおったわい」
「大丈夫ですか?」
「んむ、ええとじゃあ、これはどうじゃ? これなる短刀は……はて、なんじゃったか」
イクスは、改めて増やしたものも含めて、ざっと2、30ほどの短剣を並べる。
だが、その一つを手に取ってから首を傾げた。
「歳を取るといかんのう。どれも魔法の加護ある凄いやつなんじゃが」
「何振りか借りてもいいですか? こういうのなら荷物にならないし、僕でも使えるかなって」
「う、うむ。ああ思い出した。こっちは火が出るやつ、こっちは刀身が永久結氷のやつ、こっちはオーガキラーで、ええとこれは……あっ! これこれ、これは魔導師殺し」
よくわからないが、ヤイバは適当に十振りほど選んで、腰のベルトに吊るしておく。どれも軽くて小さく、一番長大なものでも出刃包丁ほどで使いやすそうだ。
そう思ってふと目を落とすと……畳の上に黒い短剣が転がっていた。
幾重にも封印の札を貼られてぐるぐる巻きだが、その短剣に何故かヤイバは呼ばれたような気がしたのだった。
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