第85話 雀桜の中で

 夏樹を見送るとすぐに次のお客様がやってくる。ボクはいつの間にか緩んでいた頬を引き締めて、いつもの表情を作った。


「やあ、よく来たね。短い時間だけど楽しんでくれると嬉しいな」


 雀桜生の二人組だった。二人とも一年生で、入学する前からボクの事を知ってくれていたらしい。ボクに憧れて雀桜に通う事を決めたと興奮した様子で話してくれた。


「衣装の希望はあるだろうか。執事服や着物、忍者から特攻服まで揃っているよ」


 因みに一番人気だったのは蒼鷹の制服だった。蒼鷹の制服に袖を通すと、あの蒼鷹祭の日を思い出す。ボクは蒼鷹の制服を着る事を餌に雀桜生を連れて来たんだ。


「えっと、あの……そ、そのままでお願いしたいです……!」

「そのまま? 雀桜の制服でいいのかい?」

「はいっ……! 私達、一織様と一緒の学校に通ってたんだって……いつまでも覚えていたいので……」

「嬉しい事を言ってくれるね。では一生の想い出になるように最高の写真を撮ろうじゃないか」


 ボクはいつも以上に気合を入れて表情やポーズを作った。普段から周りの目を意識しているから、どうすれば映えるかは何となく理解出来ていた。撮った写真を見て、二人は目に涙まで浮かべてくれた。


「あっ、ありがとうございます……! 私達、家宝にします……!」

「こちらこそありがとう。これからは気軽に声を掛けてくれると嬉しいな」


 きっともう、この二人と話す事はないのだろうなと、そんな予感がしながらボクは言う。二人は何度もボクに頭を下げながら教室から出てい──こうとして、足を止めた。


「────どうか、いつまでも素敵な一織様のままでいてください」


 それは祈りのようだった。二人は最後にそう告げると、恭しい足取りで教室から出ていった。


 今日のイベントの中で似たような言葉を沢山貰った。きっと誰もボクに彼氏がいるなんて想像もしていないだろう。皆の言う「素敵な一織様」なんて、もうどこにも存在していないんだ。


「…………いつまでもボクのままで、か」


 雀桜の中でボクは孤独だ。


 夏樹と付き合うようになってから、あの温かさを知ってから、特にそう感じるようになった。今まで平気だったことが大丈夫じゃなくなっていく。


 孤独が当たり前だと思っていたのに、そうではないと知ってしまったから。だからボクは夏樹と付き合っている事を皆に明かしたかったのかもしれない。そうすればきっと、皆がもう少し気軽に接してくれるようになるはずだから。


 雀桜祭で、ボクは皆に打ち明けようと思っていた。ミスコンというお誂え向きな舞台もある。夏樹には少し迷惑を掛けてしまうかもしれないけど、夏樹なら笑って許してくれる気がしたんだ。


「もう少し、頑張ってみようかな」


 でも、今日一日で皆の想いを知った。改めて痛感したんだ。初志は貫徹しなければならない。


 それが、皆に夢を見せたボクの責任だと思うから。


 

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