第86話 一織の決意
体育館には大勢の観客が集まっていた。隙間なくびっしりと敷き詰められたパイプ椅子は既にほぼ埋まっていて、俺は慌てて最後方の空席に滑り込む。出来れば一織からも見えるように前方の席を確保したかったけど仕方ない。まさかこんなに埋まるのが早いとは思わなかった。
ミスコンとなれば観客は男性がメインになると思っていたし、きっと例年ならそうなんだろうけど、観客の殆どは女性だ。男性が来ていないというよりは、女性が押し寄せて席が埋まっているという方が正しそうだ。その理由は今さら考えるまでもなく一織が出場するからだろう。去年は参加しなかった一織が何故今年になって出場を決意したのか──その理由が俺には分かる気がした。
────一織はきっと、この場で俺と付き合っている事を発表するつもりだろう。
この件については俺と一織の間で意見が割れていた。しかし、最終的には一織の判断を尊重するつもりだった。それで一織が幸せになるのならいいと思ったんだ。
そして、もし発表するとなれば大変な騒ぎになる。俺が前方の席を確保したかった理由がそれだ。何かあった時に一織を一人にさせないようにすぐ近くにいたかった。
…………そわそわして気持ちが落ち着かない。一織と付き合っている事が雀桜生に知れたら、俺達は一体どうなるんだろう。意外と変わらない日常が待っているかもしれないし、今までのようなまったりとした毎日は送れなくなるかもしれない。何にせよ全く予測がつかなかった。
────心の準備なんて全く出来ないまま、ミスコンが幕を開けた。
◆
「二年一組、立華一織だ。よろしくお願いするよ」
熱気に包まれた体育館が地鳴りのような歓声で振動する。壇上に立つ一織は千人を超える観客の熱視線を一身に浴びても全く動揺する事なく堂々としていた。俺もサイベリアでホールを経験してから人前に立つ事にはかなり慣れたけど、流石にあの場では平静を保つ事なんて出来ない。一織には間違いなくそういう才能があるんだろう。
ミスコンは司会の生徒が質問をしてそれに答えたり、何か特技を披露して会場を沸かせたりする流れで進んでいたのだが、さっきまで見事な回しを披露していた司会の子は完全にフリーズして一織に目を奪われていた。一織はそれに気が付くと司会の子からマイクを貰い、何故か頭をひと撫でして中央に戻ってくる。思わぬファンサを浴びた司会の子は床にへたり込み、観客からは悲喜こもごもの声が飛ぶ。
「────実は、皆に伝えたい事があるんだ」
心臓がドクンと跳ねた。壇上の一織はあんなに平然としているのに、最後方にいる俺は緊張で喉がカラカラだった。
静まり返った会場に、一織の声が響いた。
【書籍化】女子校の『王子様』がバイト先で俺にだけ『乙女』な顔を見せてくる 遥透子@『バイト先の王子様』書籍化 @harukatoko
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