第82話 三人寄れば何とやら

 振り返る。流石に振り返らざるを得ない。すると母は困ったような表情を浮かべて、視線で俺に助けを求めていた。


 …………ごめん、そこから入れる保険はない。


「ど、どうなんでしょうかねえ……夏樹とそういう話はしないものですから……」

「夏樹さん、訊いても答えて下さらないんです。一織も同じ。冷たいと思いませんか?」

「そうですかねえ、あはは……」


 母が乾いた声を漏らす。

 それにしても、一織も秘密にしているのは意外だった。一織は俺達の関係を皆に明かしたいと思っているくらいにはオープンな性格で、俺とキスしたかどうかなんてサラっと言いそうなのに。


 そもそも一織は家ではどっちの性格なんだろう。皆のよく知る一織は周囲のイメージを壊さないようにと一織が気を遣った結果生まれたもので、家では元々の一織の性格で過ごしている可能性もある。その辺りの話はあまりしないので分からないが、元々の性格の方なら秘密にしそうな気もした。


「一織といえば、クラスで何をするのか知りませんか? パンフレットには名前しか書いていないようなのですが」


 紅葉さんがパンフレットに目を落とす。そうだ、こうしちゃいられない。俺は整理券を貰ったけど、二人はまだ貰ってないだろうし。急がないとなくなってしまうかもしれない。


「それなんですけど、どうも混雑してるみたいで整理券を配ってました。なくなるかもしれないので二人とも貰ってきた方が良いですよ」

「あら、そうなの。春子さんはどうされます?」

「私もお供します。一織ちゃんの晴れ姿は見たいですから」

「あ、じゃあ案内しますね」


 さっき整理券を配っていた場所まで移動すると、プラカードが人波からひょっこりと顔を出していた。よかった、まだ移動してないみたいだ。


「すいません、整理券を二枚貰いたいんですけど」


 声をかけると、プラカードの女子生徒は俺達を見て申し訳なさそうに顔を歪めた。


「うわー、ごめんなさい。整理券さっき配り終わっちゃったんです」

「え、ホントですか!?」

「本当にタッチの差で……ごめんなさい」


 そう言って女子生徒は頭を下げてくる。後ろを見れば、二人は困った様子で顔を見合わせていた。まさか文化祭の出し物が混雑しすぎて入れないなんて思わないよな…………一体どうしたものか。


 ポケットに手を突っ込むと、一枚の紙きれが手に触れる。さっき貰った12時からの整理券だ。手書きの簡素なつくりで、時間の他には一織の名前が書かれているだけだ。これは多分一織の字だな。雀桜生はこんな紙ですら欲しがりそうだ。


「すいません、これって整理券一枚で何人まで入れますか?」


 尋ねると、女子生徒は顎に手を当てて僅かに上を向いた。


「うーん……決まってはないんですけど、三人なら大丈夫だと思います」

「そうですか、ありがとうございます」


 俺は振り返り、二人に整理券を見せる。


「多分これで入れると思います。12時からなのでちょっと先ですが」

「あら、ありがとうね夏樹さん」

「嬉しいけど……私達と一緒でいいの夏樹?」

「全然いいよ。どちらかといえば一織の方が嫌がりそうだけど」


 彼氏が母親二人同伴で来たら流石の一織もびっくりするかもしれない。しかし、流石に一人で行く訳にも行かないだろう。俺は心の中で一織に謝っておく事にした。ここから入れる保険は、流石にない。

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