第80話 出会ってはいけない人

 一織の教室に向かっていると、プラカードを持った生徒と何度かすれ違う。「一年二組 お化け屋敷で待ってます!」「三年三組 手作りキーホルダー販売中」等々、自分のクラスの宣伝をしながら歩いているらしい。そんな中で、毛色の違うプラカードが目に入った。


「二年一組 立華一織 整理券配布中」


 イラストも何もない、文字だけの事務的なプラカードを抱えた生徒の元に沢山の人が集まっている。整理券って何だろう。俺は人だかりに合流した。


「ただいま、12時からの整理券をお配りしています。整理券のない方は入場は出来ませんのでご注意ください」


 プラカードを持った生徒が手のひらサイズの紙を配っている。話を聞いてみると、混雑しすぎて整理券方式に変更したらしい。一織のクラスで一体何が行われているんだろうか。一織が主役なのは間違いないんだろうけど。


 整理券を入手してその場を離れようとすると──特徴的な着物姿が目に入った。あの着物を俺は一織の家で見たばかりだ。立華紅葉さんが懐かしそうに周囲に視線を向けながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる。


 …………どうするか。


 向こうはまだ俺に気が付いている様子はない。今この場を離れれば出会わずに済む。挨拶をすべきなのは分かっているが、着物姿の紅葉さんは目立っているし、何を言い出すか分からない。あの人は見た目こそ凛としているけど、いきなり「もう一織とちゅーはしたの?」と言い出すくらいにはヤバい人だ。同じ事をここで言われでもしたら、俺は生きて雀桜を出られないだろう。


「…………あら?」


 マズい。完全に目が合ってしまった。動けないでいる俺を尻目に紅葉さんはどんどん近付いてくる。紅葉さんは俺の目の前にやってくると、つい背筋が伸びてしまうような冷たい真顔のまま、言った。


「夏樹さん────もう一織とちゅーはもごもごっ!?」


 俺は慌てて紅葉さんの口を塞ぐ。周囲がざわつくがなりふり構っている場合じゃない。


「紅葉さん、ちょっと向こう行きましょうか! ゆっくりお話ししましょう!」


 俺は紅葉さんを引き摺って校舎を脱出した。一見すると若者が婦女を乱暴に扱っているようにしか見えないだろうが、こっちにもやむにやまれぬ事情がある。一つだけ願うなら────せめてこの瞬間に知り合いに出会いませんように。


 そんな俺の願いは、残念ながら神様に届かなかったらしい。


「え、ちょっと夏樹! アンタ何やってるの!?」

「げっ!?」


 …………終わった。


 よりにもよって母親に見られるなんて、流石にツイてなさすぎる。

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