第77話 懐かしい記憶
「セン……パイ……?」
古林さんの目元には一粒の涙が光っていた。
瞬間的に言葉が喉元までせり上がってくるものの、結局口からは何も出て行かなかった。これがサイベリアなら俺のやるべき事は一つだけど、ここは雀桜高校で今は雀桜祭の真っ最中だからだ。ただの客である俺はきっと目立つべきではない。
…………そんな事、頭では分かっているんだ。
「古林さん、大丈夫?」
俺は古林さんに駆け寄った。いや、気が付けば駆け寄っていた、と言った方が正確かもしれない。知り合いが困っているのに何もしないなんて、俺には無理だった。
「センパイ……どうしてここに……?」
古林さんの表情が少しだけ柔らかくなる。
それだけでも俺は充分だった。忙しい時ほど頭の中は落ち着いていなければならない。それはサイベリアに入ってすぐ店長に言われた言葉だ。結局去年はそこまで忙しくなる事はなかったけど、今年になってその言葉の正しさを痛いほど実感している。
「ちょっと甘い物が食べたくなって。それより何か困っているみたいだけど」
「あう……そうなんです。実はフードのマニュアルがなくなっちゃって……」
「誰もフードを作れない?」
「はい……」
古林さんががっくりと肩を落とす。他の店員や客達が不安そうに俺達のやり取りを見守っていた。
「フードってクレープだけ?」
「えっと、他にもあるんですけど……難しいのはクレープだけです」
「じゃあ俺が作り方教えるよ。まずはここを乗り切ろう」
「え、いいんですか……?」
「古林さんが困っているのを見過ごせないから。お客様待たせちゃってるし、急いで始めよう」
女子高の文化祭で男がキッチンに立っているのは色々とマズいかもしれないが、今は緊急事態だ。俺は急いでキッチンスペースに入ろうとした────
のだが。
「あっ、センパイ! それならちょっとだけ来てください! 皆、ドリンクだけ出せるものは出しちゃって!」
「わ、分かった!」
古林さんは他の店員に指示を飛ばすと、俺の手を引いて教室から飛び出した。そうしてやってきたのは教室を数個分移動した所にあるプレートのない教室。中には文化祭の道具などが乱雑に散らばっている。用具室だろうか。
「えーっと、どこだっけどこだっけ…………あった!」
古林さんが段ボールを漁って何かを取り出す。あまりにも見覚えがありすぎるそれを────古林さんは俺に差し出した。
「センパイ、メイド服を着て私達と一緒に働いてくれませんか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます