第76話 カフェ古林、開店
パンフレット付属の校内図を頼りに辿り着いた『カフェ古林』は、まだ雀桜祭が始まったばかりにも関わらず混迷を極めていた。
理由はいくつかある。正面玄関から入りやすい位置にある事だったり、周辺に競合店舗がない事だったり、その妙に気になる店舗名だったり。
だが…………一番の要因はおそらく『準備不足』だ。
「りりむっち、クレープってどうやって作るんだっけ!?」
「マスター、お客さんめっちゃ来てる!」
「コーヒー全然冷えてないよ!?」
「ぴゃーーーーーーっ!!」
5人ほどの列に並んでいると聞き覚えのある叫び声が廊下まで響いてきた。一旦列を離れて教室の中を覗いてみると、サイベリアのメイド服に身を包んだ数人の雀桜生が慌ただしく教室を駆け回っていた。古林さんが店からユニフォームを借りたんだろうか。
『カフェ古林』はイートインとテイクアウト両対応の店舗になっていて、飲食スペースは広くない。教室の前半分が調理スペース、後ろ半分が飲食スペースになっている。飲食スペースの三つの机には五人のお客様が座っていて、恐らくこのクラスの生徒の家族なのか、微笑ましそうにメイド服姿の店員を眺めている。スマホで写真を撮っている人もいた。
「うわー、どうしようどうしよう! とりあえずゆっこはクレープの生地作れる!? ミクはドリンクを何とかお願い!」
「わ、わかった!」
「生地作れるかな……」
古林さんは調理スペースで皆に指示を飛ばしている。なるほど、古林さんがマスターだから『カフェ古林』なんだな。見ている感じ、店員の中に飲食店でバイトしている人はいなさそうだし、そういう理由で古林さんに白羽の矢が立ったのかもしれない。てんやわんやの店内ではあるけど、古林さんだけはまだ何とか理性を保っている。サイベリアでの経験が活きているんだろう。
「ねえねえ、クレープの作り方書いてある奴ってどこあるっけ!?」
「え、朝ゆっこ持ってなかった!?」
「私教卓に戻したよ。ちょっと作り方忘れちゃったかも」
「えー、私も覚えてないよ!?」
古林さんが調理スペースを走り回る。どうやら大事なマニュアルを紛失してしまったらしく、店内に気まずい緊張感が漂い始めた。皆が縋る様に古林さんを見つめているし、さっきまで微笑ましい様子で皆を眺めていたお客様も、少し不安そうな表情を浮かべている。
「いや、これ大丈夫か……?」
文化祭の出し物ってリハーサルとかやらないのかな。流石にやっていたらもう少しスムーズに進みそうなものだけど。
「うう……一体どうすれば……」
古林さんが力なく項垂れ────それではダメだと首を振って顔を上げる。
そして、俺と目が合った。
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