第75話 坂の上の雀桜高校

 雀桜高校は長い坂の上にあり、沢山の来場者に紛れて坂を上りながら思ったのは「古林さんは毎日この坂を自転車で登っているのか?」という事だった。こうなると古林さんの自転車のサドルが異様に高かった事にも納得がいく。あれは膝を充分に伸ばしてパワーを確保する為だったんだな。


 ちらほら見える蒼鷹生も急坂を目の前にして顔を青くしている。すぐ前を歩いている二人組が「バスでくりゃよかったなー」と愚痴をこぼした。確か一織はバス通学だと言っていたっけ。


 なんとかして坂を上りきると、大きく『雀桜祭』と書かれた門が俺を出迎えた。木で作られた門は年季が入っていて、恐らく毎年使っているんだろうと予想出来る。ペンキで描かれた花が門全体を綺麗に彩っていて、それが凄く雀桜っぽかった。蒼鷹生が作ったらきっとこうはならない。


 入り口でパンフレットを受け取り、ざっと目を通していく。雀桜に知り合いがいる訳でもないので、見て回りたい所は一織のクラスと古林さんのクラス、あとは目玉のミスコンくらいだ。一織のクラスは二年一組、古林さんのクラスは一年四組だというのは事前に聞いていた。


「…………なんだこりゃ」


 小さく区切られたクラスの出し物欄にはどこも可愛いイラストや何をするかが書かれているんだが、二年一組だけは違う。そこにはただ四文字、『立華一織』と書かれているだけだった。何をするのか全く分からないが、一織が主役という事だけは分かった。


 続いて古林さんの一年四組はというと、こっちは単純明快だった。クレープとドリンクのイラストと、その横にある『カフェ古林』の文字。どうして古林さんの名前が冠されているのかは謎だが、カフェである事は間違いない。


「古林さん、愛されてるなあ」


 古林さんがサイベリアに入ってから、間違いなく皆の雰囲気が明るくなった。古林さんはキッチンの大学生メンズとも仲が良く、というか平気で噛みつきにいくので、先輩方も面白くてつい絡んでしまうんだろう。


 実はサイベリアで働く時に「職場の人と仲良くする方法」というのを調べた事があるんだけど、そこで「ちょっと生意気な方が可愛がられる。失礼にならないラインを見極めよう」というアドバイスを目にした事がある。結局俺は勇気がなくて実践出来なかったけど、古林さんはまさにそれを体現していた。ああいうコミュニケーション能力は見習った方がいいんだろうなあ。


「…………よし」


 丁度腹の虫が鳴り、行き先が決まる。俺は校内図を頼りに一年四組へと足を運んだ。

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