第72話 紅葉と一織
本作『女子校の『王子様』がバイト先で俺にだけ『乙女』な顔を見せてくる』ですが、書籍化が決定しました!
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小さくなっていく夏樹の背中がついに見えなくなっても、私は暫くの間、夏樹の方を眺めていた。何となくそうしたい気分だった。テスト勉強は期待していたほど進まなかったし、夏樹が私に手を出してくれるような展開もなかったけど、それでも心の中には幸せが満ちていた。夏樹が私との将来を真剣に考えてくれていた事が嬉しかったんだ。
「あら、夏樹さん帰ってしまったのね。今日はお泊りかと思っていたのに」
玄関に戻るとお母さんが立っていた。お母さんは意外そうな表情で、私が開けたドアの隙間から外に視線をやっている。本当に夏樹が泊まると思っていたのかな。お母さんなら本気でそう思っているかもしれない。
「水臭いじゃない一織。彼氏が出来たのなら言って頂戴な」
「そしたら絶対夏樹に余計なこと言うじゃない。夏樹は普通の人だからお母さんは刺激が強いのよ」
二つの性格を使い分けている私に言われたくはないだろうが、うちの母はかなり変わっている。とにかく見た目と中身がかけ離れているのだ。黙っていれば子の私から見ても綺麗な人だと思うのだが。
「そんな事言ったって、どうせ結婚するなら顔を合わせる事になるんだから。遅いか早いかよ?」
「いやいや、結婚って」
お母さんも夏樹も、どうしてそう気が早いのか。あっちの私なら「確かにそうだね」なんて正面から返せるのかもしれないが、こっちの私にはちょっと展開が急過ぎる。
「しないの? 結婚」
「いやまあしたいかしたくないかで言ったらしたいけどさ…………分からないじゃないそんなの」
初めての彼氏彼女がそのまま結婚する割合は10%って聞いたし。普通に考えたら漏れてしまう確率だ。
「…………お母さんから見てさ、私と夏樹ってどう思う? 相性良さそう?」
ついそんな事を訊いてしまったのは、うちの両親が傍から見ても異常なくらいラブラブだからだ。人の愛情というのは二十年間も燃え続けられるものなのだと私は誰よりも身近な存在から教えられた。私が高校生になって手を離れてからは、たまに二人で旅行に行く事もある。うちの両親は10%を引いたのだ。
「んー、そうねえ」
お母さんは悩むような素振りをしているけど、その実、悩んでいないのは明らかだった。どうやら私の問いの答えは考える必要もないほどの易問らしい。相性最悪と言われたらどうしよう────そんな悪寒が背筋を撫でる。
「相性最悪────」
「え」
「────って私が言ったらどうするの? 夏樹さんと別れる?」
そう言ってお母さんは意地悪な笑みを浮かべる。
「わっ、別れる訳ないじゃない。ずっと一緒にいたいって思ってるのに」
「それが答え。相性なんて誰にも分からないの。だからね、一緒にいたいと思える人と一緒にいればいいのよ」
お母さんは私に背を向けると、リビングに向かって歩き出す。心の中にあった不安はいつの間にかなくなっていて、代わりにもう一人の私が「大丈夫だ」と笑っていた。何か言いたげなのでバトンタッチする。
「母さんはずっと父さんとラブラブだよね。秘訣はあるのかい?」
「秘訣? んー、そうねえ」
また考える振りだ。だけど今度は、なんて言うのかボクにも分かる気がした。
「ないわね。毎日、好きで好きで堪らないから」
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