第70話 普段着の一織
最近リフォームをしたのか家の中は凄く綺麗だった。日本家屋の外観に反して所々に洋室もあるようで、一織の部屋もそうだった。「ごゆっくり」という意味深な言葉を残し去っていった紅葉さんに背中を押され、俺は一織の部屋に足を踏み入れた。
「やあ、よく来てくれたね」
一織はローテーブルの奥にあるベッドに腰かけていた。テーブルの上には勉強道具が並んでいて、座布団が二枚用意されている。座布団だけは家の持ち物なのか、和風で凄く高級そうなデザインだったので部屋から浮いていた。
「おはよう一織。凄い大きな家でびっくりしたよ」
意外にも一織の部屋は特に特徴もないというか、一織という存在から考えると凄く普通の部屋に見えた。別に物語で王子様が住んでいるような部屋を想像していた訳ではないけど、何かしら変わった部屋に住んでいるんだと想像していた。でも、こうして目の当たりにしてみると逆に一織っぽいなと思う自分もいるから不思議だ。
「昔、ちょっと羽振りが良かったみたいなんだ。それより母に何か言われなかったかい? 友達を呼ぶと言ったら『私が出迎える!』と聞かなかったんだけど」
「え、彼氏を呼ぶって言ってたんじゃなかったの?」
「言ってないよ? 夏樹との関係はまだ家族には伝えていないんだ」
…………驚きで開いた口が塞がらなかった。紅葉さんは娘の『友達』相手に初手からあんな質問をしてきたというのか。
「その反応は何かあったみたいだね……母の事はあまり気にしないでくれると嬉しい。ちょっと変わった人なんだ」
ちょっと、どころではない気がしたけど俺は頷いた。一織と付き合っていくという事は、紅葉さんとも関わっていくという事だ。全てを受け入れる以外に俺に出来る事はない。
「というか一織、それ部屋着なの?」
俺は一織の着ている服を指差した。部屋におかしな所はなかったけど、服は特徴的だった。
「一織のお母さんも着物を着てたよね」
「これかい? 家の方針でね、部屋着は着物か浴衣なんだ」
言いながら、一織は胸の所の裾を少しつまんだ。その仕草が少し扇情的で俺は咄嗟に目を逸らす。
「そうだったんだ。凄く似合ってると思う。可愛いよ」
タイミングが合わなくて夏祭りデートは出来なかったから、一織の浴衣姿を見るのは初めてだった。薄い水色の着物が一織の雰囲気に合っていて、もう秋なのに夏の香りに包まれた気がした。
「そう言ってくれると嬉しいよ。一応、お気に入りを着て待っていたからね」
一織は微笑みながら立ち上がると、テーブルの周りに座布団を二枚広げた。腰を降ろすと、もっちりとした感触がお尻を受け止めてくれる。絶対高い奴だこれ。訊いてみると、値段は分からないけど毎年職人さんがお直しに来るらしい。座布団のお直しサービスなんて初めて聞いたんだけど。
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