第66話 乙女の悩み

 放課後の雀桜高校・視聴覚室。


 雀桜祭を間近に控えた『一織様を陰ながらお慕いする会・総本部』のメンバーは、一つのビッグニュースを前に臨戦態勢を取っていた。


「いいか、皆の者────知っていると思うが、この度、雀桜祭のミスコンに一織様が出場される運びとなった」


 会長の言葉に、数十人からなる雀桜生が一斉に息を呑む。誰もが推しの晴れ舞台を夢想し、眠れぬ夜を送っている精鋭達だ。


「無論、優勝は間違いないだろう。私が危惧しているのはそこではなく────雀桜祭には多くの蒼鷹生が来るという事だ」

「蒼鷹祭から始まり、夏の海水浴と、一織様が蒼鷹生の目に付く機会は増えています。あの山吹夏樹だって来るかもしれません」


 副会長が言葉を付け足す。一織が働いているサイベリアの従業員であり蒼鷹生でもある山吹夏樹は、ファンクラブから最大限に警戒されていた。


 …………どこにでもいるような男なら警戒などされないだろう。雀桜生も「あの男ならもしかして」と考えているのだった。夏樹のサイベリアでの立ち振る舞いはそれ程、様になっていた。


「会長、私達は山吹夏樹をマークすればいいんですか?」


 どこかから声が飛ぶ。その問いの答えを、会長は持ち合わせていなかった。難しい顔をすると、絞り出すように息を吐く。


「…………分からない。一織様と山吹夏樹が仲が良いのは確かだろう。もし一織様がそれを望んでいるのなら────邪魔する事は出来ないのかもしれない」

「一織様が誰かと付き合ってもいいんですか!?」


 今度こそ、会長は何も言えなかった。


 会長はただ一織の事が好きなだけの、どこにでもいる普通の女子高生なのだ。


 推しが誰かと付き合っても、それを素直に祝福できるほど大人ではない。だけど、推しに幸せになって欲しい気持ちは確かにある。その幸せに、自分が関わっていればいいなとどこかで願っているだけだった。


「…………」


 視聴覚室は重い空気に包まれていた。誰も一織の性指向など知りもしない。男性が好きなのか、それとも女性が好きなのかすら分からない。誰かに恋をするような人間かすら判断が付かなかった。一織と山吹夏樹がどんな関係なのかなんて、想像する事すら出来ない。


 …………当然だ。誰も『立華一織』という存在をしっかりと見てはいなかったのだから。


「…………とにかく。写真部隊は一織様を出来る限り多く写真に収めること。また、各々不審者が近付かないように細心の注意を払ってくれ。今日の会議はこれで終わりだ」


 そう言うと、会長は足早に視聴覚室を後にした。心があちこち違う方向に散らばって、自分の気持ちすら分からなくなっていた。

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