第65話 ミスコン
羽田が言っている事の意味は分かる。
一織に彼氏がいると分かれば、蒼鷹生に目を向ける人も出てくるだろう。雀桜生も本気で一織と付き合いたいと思っている人ばかりではないだろうけど、それでもノーダメージではないはずだ。好きなアイドルに熱愛報道が出た時、急に冷めてしまう人がいるのと同じように。
「実は俺もそれ思ってたんだよな。二人のやり方があるだろうから言えなかったけどよ」
「以前の蒼鷹と雀桜の関係に戻るって事か?」
羽田の提案に、颯汰と日浦もそわそわとし始めた。何かが劇的に変わるかもしれない──そんな淡い希望に満ちた目で俺を見つめてくる。そんな目で見つめられても、俺に言えるのはこんな事だけだというのに。
「…………実は一織にも同じ事を相談されててさ」
「ほう?」
羽田が興味深そうな声をあげる。国語で赤点を取った男にどれだけの相談解決能力があるのかは分からないが、とにかく俺は皆に打ち明けることにした。
「知っての通り、俺達って雀桜生にバレないように付き合ってるだろ? でもこの前一織に『皆に打ち明けたい』って言われたんだよ」
「へえ、俺はてっきり彼女さんの意思で隠してるんだと思ってた」
颯汰が意外そうな顔をした。日浦も同じだった。蒼鷹生には「彼女が出来たら最大限に自慢したい」という感情が標準搭載されてるから、まさか俺の意思で隠してたとは思わなかったんだろう。
「因みに、それはどういう理由で?」
羽田が続きを促す。
「いやまあ、何というか…………バラしたらもっと人前でイチャイチャ出来るじゃん、みたいな……?」
────時が止まった。
三人がまるで親の仇を見るような目で俺を見据えていた。しかしそれも一瞬の事で、颯汰が場の空気を打ち消す様にひゅうと口笛を吹いた。何だったんだ今のは。
「で、夏樹はなんて返したんだよ?」
「そんな人前でイチャイチャする事もないんじゃないかって言った。それでこの話は終わったんだけど」
「────どうする? やっぱここで一発ぶん殴った方が世の中の為だよな?」
「ああ、俺も手伝うぜ」
「僕、人を殴るのは初めてなんです。上手く出来るでしょうか」
三人が何やら小声で話し合っていた。物騒な雰囲気を感じて椅子から立ち上がると、颯汰がどこからそんな力が出ているのか不思議になるような強さで肩を掴んでくる。
「────悪いな夏樹。これは世の中の為なんだ」
…………愛ある拳は痛くないというけど、そんなことはなかった。俺は一織ともう一度話し合う事を約束させられ、何とか五体満足で解放されたのだった。
◆
「労働♪ 労働♪ 楽しい労働♪ 売上上昇♪ 時給も上昇♪」
今日の古林さんは上機嫌だった。何やら怪しい鼻歌を口ずさみながら、メイド服の裾をはためかせてホールを駆け回っている。丁度来店も落ち着いたので声を掛けてみる事にした。
「古林さん、何か良い事でもあったの?」
「お、よくぞ聞いてくれましたねセンパイ! 教えて欲しいですかぁ?」
跳ねるような足取りで古林さんが傍にやってくる。遠くの方では一織がテーブルの上をダスターで拭いているのが見えた。勿論、まだ話は切り出せていない。
「ふっふっふ、どうしようかなあ……」
口ではしぶるような事を言っているけど、言いたいのがバレバレだ。こんな古林さんは今まで見た事がない。一体何があったんだろう。もしかして彼氏でも出来たのかな?
「うーん……じゃあセンパイには特別に教えてあげます。実はですねえ……雀桜祭のミスコンに一織様が出てくれる事になったんですよ!」
待ちきれないとばかりに古林さんは身体を震わせた。
「ミスコン? そんなのあるんだ」
「ええっ、雀桜祭の一大イベントじゃないですか! もしかしてセンパイ、知らなかったんですか!?」
信じられない、とばかりに古林さんが目を見開く。
「うん。俺、雀桜祭の事全然知らないからさ」
「ええええええっ! 雀桜祭のミスコンといえば全校生徒の憧れ、優勝者には永遠の栄光が約束されるとまで言われているのに……」
「永遠の栄光って。何て大袈裟な」
言いながら、ふと思い至る。
去年はどうだったんだろう、と。
「その言い方だと、一織って去年は出なかったの?」
こう言っては何だが、出たら優勝する気はする。もし去年も出場していたら一織には永遠の栄光が約束されている事になるんだが。
「ボクは王子様だからミスコンは似合わない、って辞退したみたいなんですよ。だから今年も出ないんだろうって皆思ってたんですけど」
「なるほど、それで古林さんはびっくりしてる訳だ」
テーブルの掃除を終えた一織がこちらに戻ってくる。二人して暇そうに突っ立っているからか、俺を見て僅かにむっとした表情を作った。
…………間違いなく優勝だ。彼氏の贔屓目なしでもそう断言出来るくらいには、一織はかっこいいし、可愛かった。
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