第64話 ダレル・ロイヤルの手紙

 季節はすっかり秋になったものの、どうやら我らが蒼鷹高校二年一組には春すら来ていないようだった。俺と一織以外の雀鷹カップルが出来たという噂はまるで耳に入ってこない。有力視されていた颯汰とシラタキさんですら、まだその壁を超えられてはいないみたいだ。


「雀桜祭に全てを賭けるしかねえ」


 そんな訳で、颯汰はめちゃくちゃ気合が入っていた。近くの椅子をががっと引き寄せると、俺の机の向かいに腰を降ろす。


「シラタキさんに告白するの?」

「そのつもりだ。流石に二年連続で野郎だけのクリスマスは御免だからな」

「おい、何の話だ?」

「聞き捨てならない言葉が聞こえましたよ?」


 集まってきたのは陸上部のエース・日浦と、一組の学級委員長・羽田だった。二人とも夏のビーチ合コンでは惜しくも彼女をゲットする事は出来なかった。


 羽田なんて始まる前は『サンオイル塗る事になったらどうしよう』とか言ってたのに、結局まともに雀桜生に声を掛ける事すら出来なかったらしい。帰りの電車で「僕は蟹と遊ぶためにビーチに来た訳じゃない」と悔し涙を流していた、と報告が上がっていた。そのピュアな心が報われて欲しいと切に願っている。


「もしかして雀桜祭の作戦会議ですか?」


 羽田が黒縁眼鏡をくいっと動かした。この見た目とキャラで勉強が出来ないの、未だに面白いんだよな。どう考えてもお堅い委員長キャラなのに。


「おう。お前らも今年のクリスマスは彼女と過ごしたいだろ? 完璧な作戦を考えようぜ」

「確かにな。まあ俺は何人かいけそうな子いるから焦ってねえけど」


 日浦はスポーツ万能で見た目もイケている。蒼鷹祭でも何人かの雀桜生と連絡先を交換していたし、夏のビーチでも雀桜生と遊んでいたのを目にした。蟹と戯れていた羽田とは大きな差があるか。


「彼女がいない、という点で僕と日浦に差があるようには思えないですけどね」


 羽田の煽りに日浦の額に青筋が走る。しかし言い返せない事を悟ったのか、握った拳をポケットに収めた。


「喧嘩すな喧嘩すな。唯一の彼女持ちである夏樹大先生のお力で俺達もリア充の仲間入りをしようじゃねえか」

「え、そういう話なのこれ」


 大先生のお力と言われても俺に出来る事なんて別にないんだけどなあ。


「そうだぞ夏樹。お前と立華一織さんだけが頼りなんだ」

「そんな事言われても……俺、雀桜祭がどういうのかも知らないのに」

「それについては僕にお任せください」


 羽田がずい、と一歩前に出る。


「羽田、お前詳しいのか?」


 日浦が意外そうに羽田に目をやった。そこで意外そうな表情になるのはちょっと失礼なんじゃと思ったけど、実際意外だった。


「夏に夢破れてからというもの、雀桜祭に向けてリサーチをしていたんです。一流の選手は打ちのめされても速やかに立ち上がるものですからね」


 そう言って羽田は不敵な笑みを浮かべた。眼鏡に光が反射してキラリと光る。


「それ何だっけ?」

「アイシールドです」

「ああ、そうだったそうだった」


 羽田は喋る時に漫画やアニメの台詞をよく引用する。元ネタが分かるとちょっと嬉しくなるんだよな。


「雀桜祭については僕が教えます。でもその前に、夏樹に一つ言いたい事があるんですよ」

「俺?」


 羽田とは友達と言えるほど仲が良い訳ではないから、俺は構えた。一体何を言われるんだろう。


「多分、皆にも関係がある話だと思います。颯汰や日浦がいつまで経ってもリア充になれない原因と言ってもいいかもしれません」

「お前もな」


 日浦が小さく突っ込む。


「二人に彼女が出来ない原因が俺にあるって事?」

「そうです。僕もいれて三人ですけどね」

「おいおい、そうだったのかよ夏樹!?」


 颯汰がわざとらしく大きな声をあげる。また羽田が変な事言い始めたぞ、とりあえず乗ってみるかって雰囲気だ。


「ごめん、全然心当たりがないんだけど……どういう事か教えて貰ってもいい?」


 羽田はくいっと眼鏡を触ると────真剣な表情で言い放った。


「夏樹は立華一織さんと付き合っている事を雀桜生に公表すべきです。恋破れた少女達が次に目を向けるのは────そう、我々蒼鷹生ですから」

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