第63話 バカップルでした
雀桜祭。
それは毎年11月に行われる雀桜高校の文化祭。5月の蒼鷹祭で彼女を作り損ねた哀れな蒼鷹生がクリスマスを悲しき男子会に変貌させてしまわぬよう、神が与えたもうた最後の蜘蛛の糸。蒼鷹生の間では『ファイナル・ラストチャンス』の名で呼ばれていて、受験を控えた三年生もこの日だけはペンを置くという。
…………そんなタイミングで彼女を作ったら間違いなく受験は失敗しそうだけど、逆にモチベーションがあがったりするのかな。ぶっちゃけると俺は一織と付き合い始めてから若干成績が落ちている。勉強する時間をこうやってデートに費やしているからだ。
「実は俺、雀桜祭ってどんな感じなのか分からないんだよね」
「去年来なかったのかい?」
「友達に誘われたんだけど何となく気が進まなくてさ。家でゴロゴロしてた気がするなあ」
今思えば完全に逆張りなんだが、当時の俺は「彼女を作る事を目的に行動する」のをかっこ悪いと思っていた。蒼鷹祭が空振りに終わり「話が違うじゃないか」と肩透かしを食らったように感じていた事も原因かもしれない。
────もしあの時意地を張らずに雀桜祭に行っていれば、もっと早く一織に出会えていたかもしれないのに。そんな後悔がないと言えば嘘になる。
「それは残念だね。もし来ていたらもっと早く出会えていたかもしれないのに」
「え?」
考えていた事をそのまま一織が言ったので、俺は驚いて隣に寝転がっている一織に視線をやる。一織は真顔で俺の枕を胸に抱いていて、何を思ったのか顔を枕に埋めだした。息苦しくないのかな、それ。
「まあでも来ていたら他の子と付き合っていたかもしれないしね。これで良かったのかもしれないな」
一織は枕からひょこっと顔をあげてそんな事を言う。
「俺が他の雀桜生と? そんな事あるかなあ」
今もそうなんだが、当時は今以上に雀桜生は一織しか見ていないはずで。俺が誰かと付き合えるなんてありそうもないと思うんだけど。
「あるさ。こんなに格好いいんだから、きっと大人気になっていたに違いない」
そう言って、一織は赤く染めた頬を再び枕で隠した。そしてゆっくりと目まで出すと、ちらっと俺に視線を向けてくる。
…………俺は気付けば一織の頭に手を伸ばしていた。俺が頭をわしわしと撫でると、一織は気持ちよさそうに目を細めた。
「ふっ、夏樹も分かってきたじゃないか」
「なんでそこで強気になれるんだか……それはそれとして、やっぱり俺が大人気なんて事はないと思うよ? 俺が一織に一目惚れするって事はあると思うけど」
「一目惚れ? そういえば、夏樹はいつボクの事を好きになったんだい? ボクは結構早くからアプローチしていたつもりだったんだけどね?」
俺を責めるような一織の視線。勿論、本気でやっている訳じゃないだろう。
「それは本当にごめんって…………うーん、言われてみればいつなんだろう。初めて一織を見た時から、可愛いなとは思ってたんだけど」
「そうだったのか。全然そうは見えなかったよ。夏樹は表情を作るのが上手いね」
「迷惑かなって思って隠してたんだよ。一織はモテるし、そういう人って誰かの好意が迷惑に感じたりするって何かで読んだ事があってさ」
興味がない人からの好意は気持ち悪い、とかそんな内容だった気がする。俺みたいな一般人からすれば誰かに好きになって貰えるなんて凄く嬉しい事だけど、モテる人はどうも違うらしい。
一織がごろんとこちらを向いた。俺も横になって一織を見ていたので、丁度向かいあう形になり、一織の顔がすぐ近くにあった。一織は手を伸ばすと、ゆっくりと俺の頬に触れた。
「やっぱり夏樹は可愛いね。そんな事を気にしてたんだ」
「そりゃ気にするって。一織はオーラビンビンだったし。俺なんかが好きになったら迷惑かなってずっと思ってたんだから」
そのせいで、一織の好意に全く気がつかなかった。
…………いや、気がついていたけど自信が持てなかったのか。「一織は俺を揶揄ってるんだ」なんて予防線を張って、素直に向き合えない自分を正当化していた。ああもう、本当に俺は馬鹿だ。
「ま、夏樹のそういう所も好きなんだけどさ。今年の雀桜祭は勿論来てくれるんだよね?」
「それはもう。彼女の晴れ舞台は目に焼き付けたいから」
何をするのかは全く知らないけど、一織の事だし俺の予想を遥かに超えてくるんだろう。
俺は一織から日付を聞くと、スマホのカレンダーを開いて「雀桜祭」と書き込む。一織は横からひょいとスマホを奪うと、その後ろに「打ち上げデート」と書き込み返してきた。どうやらそういう事になっているらしい。
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