2章

第61話 バカップルなのか?

 季節が流れ、秋になった。サイベリア前の街路樹はすっかり赤と黄色に色づき、駐車場を彩る落ち葉を掃除していると少しだけ嬉しい気持ちにさせてくれる。


 一織との関係は良好でこの前ついに俺の家に遊びに来た。一織を見た母親が顔を赤くしていたのは少し恥ずかしかったな。息子の彼女に惚れるのは勘弁して欲しい。まあ気持ちは分かるけどさ。


 サイベリアも相変わらず好調で、風の噂ではどうやらまた時給が上がるらしい。一織目当てで来てくれていた雀桜生はもうすっかり「ファミリーレストラン サイベリア」のファンになってくれていて、俺達が出勤しない土日も雀桜生が結構来るらしい。きっかけこそ一織の存在だったけど、お客様が定着したのはやはりお店に魅力があったからだろう。俺もメイド服を着た甲斐があったというものだ。


 俺の生活は一言で言えば順風満帆だった。


 ────一織があんな事を言うまでは。



「俺達の関係を皆にバラしたい?」


 スマホから聞こえてきた言葉を俺はオウムのように繰り返した。お風呂上がりの火照った身体がエアコンの風によって急速に冷やされ、俺は心地良さを覚えながらも寝間着に手を伸ばす。


「前から思っていたんだけど、今のままでは夏樹にくっつきにくいんだ」


 くっつきにくいんだ。


 字面の割に一織の声は真剣だったし、実際真剣なんだろう。それくらいは分かる様になっていた。一織は俺が思っていたよりずっと甘えたがりでくっつきたがりだった。


「例えばサイベリアではボク達は全くくっつけないだろう? 夏樹はボクの彼氏なのにだ。皆にバラしてしまえばくっつけるようになるじゃないか」

「勤務中はダメだと思うよ、流石に」


 その辺りのメリハリは大事にしていきたいと思っている。仕事とプライベートを混同するのは好きじゃないし、俺達の関係を打ち明けても祝福して貰えないだろう。


「見えない所でも?」

「見えない所でも。仕事は真面目にやらないと」


 スマホを耳と肩で器用に挟みながら何とか寝間着に着替え、俺はベッドに倒れ込む。今日はもう宿題も済ませたので、あとは寝るだけだ。


「…………そうか。夏樹はしっかりしているね。夏樹とくっつきたいと思っているのはボクだけだったのか」


 少し拗ねたような一織の声に、俺はつい口元を緩める。


「そんな事ないよ。俺もくっつきたいって思ってる」

「…………本当に?」

「ほんとだよ。でもさ、その気持ちがあるから仕事も頑張れるし、帰り道も楽しいと思わない?」


 これは本心だった。一織と一緒に帰れるから、忙しい日だってたまに来るクレーマーだって耐えられる。仕事中も一織といちゃいちゃしていたら、きっとそうはならないだろう。


「それは…………そうかもしれない」

「でしょ? だから俺は今のままでいいと思うんだ。もし一織がくっつき足りないっていうんなら土日に会う時間増やしたりも出来るしさ」

「…………それならまた家に遊びに行ってもいいかい?」

「勿論。新しいゲーム買ったから一緒にやろうよ」


 言いながら予定表アプリを開く。今週の土曜に印をつけて、悩んだ末「家デート」と書き込んだ。


「夏樹のお陰で今週も頑張れそうな気がしてきたよ。正直、夏樹と付き合う前はどうやって平日を乗り切っていたのか分からないくらいなんだ」

「あ、それ分かるかも。俺も一織がいるから頑張れてるもん。なんか人としては弱くなった気がするんだよなあ。前は全然何ともなかったのに、今はふとした瞬間に一織が必要になっちゃうというか」


 前は一人でも平気だと思っていたのに、今はもう一織なしの生活なんて考えられない。彼女が出来ただけでこんなに価値観が変わるなんて思わなかったな。


「それは嬉しいね。それならいつまでも一緒にいられるから」

「こっちの台詞だよ。どうか末永くよろしくね」

「勿論さ。大好きだよ、夏樹」


 こんな事を二日に一回くらい言い合っている気がする。もしかしたら俺達は傍から見ればバカップルという奴なのかもしれない。まあバカップルでも構いはしないか。幸せなら何でもオッケーだ。


 それから少し話し、俺は通話を終えた。胸の中には甘い甘い幸せの余韻が広がっている。こんな幸せを知らずに俺はよく十六年間も生きてきたと思う。今までの人生は枯れ果てた荒野だった。


 そんな感じで俺達は平日を乗り切り、土曜日がやってきた。

 家デートの日だ。

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