第57話 本気なのにね

 ここで水着の立華さんがどれほど可愛かったか、俺を興奮させたのかについて長々と語る事はしない。というより出来ない。「スタイルがいい」だとか「モデルのようだ」とか、俺が思いつくそんな言葉では、到底立華さんを表現しきれないからだ。


 とにかく俺は立華さんに目を奪われ、立華さんはそんな俺を妙に穏やかな瞳で見守り続けた。そして俺は、言った。


「凄く可愛い。ちょっと言葉にならないくらい」

「好きになった?」


 試すような立華さんの言葉に、俺はもう頷く事しか出来なかった。ゆっくりと首を縦に振り────その瞬間、何かから解放されたような気がした。心が凄く楽になるのが分かった。


「ふふ、まさか夏樹が水着で落ちる変態だったなんてね」


 立華さんは片膝を立て、もう片方の脚を伸ばし、立てた膝の上に頬を乗せてこちらを見ていた。漫画雑誌の先頭に乗っているグラビアページで似たようなポーズを見た事があった。つまり、有り体に言えば凄く煽情的だった。大きな胸が太腿に押し付けられて形を変える。


「いや、その言い方はちょっと語弊があるというか…………多分もっと前から好きだったとは思うんだけど」

「そうなのかい? 全然、そんな風には見えなかったけどね」

「それは…………好きになったらダメだと思ってたから」


 俺はレジャーシートの上に寝そべって空を眺めようとした。けれど、代わりに目に入ったのはパラソルのカラフルな裏面だった。パラソルを刺している事を忘れてしまうくらいには浮ついていた。


「どうしてだい?」

「好きになっても辛くなるだけだから。一織はほら……人気者だし」


 凄く情けない事を言ってるな、と恥ずかしくなった。俺は今、フラれるのが怖いから逃げてましたと白状しているんだ。とてもじゃないが、男らしくない。


「なるほどね、人気者になるのも考えものだ。まさか夏樹がそんな事で悩んでいたなんて」


 寝転がりながらちらっと立華さんの方に目を向けると、シミ一つない綺麗な背中が目に入った。当り前だけど立華さんの背中を見るのは初めてだった。つい手を伸ばしてしまいそうな程に、美しい。


 始まる前はどうなることかと不安だったこの合同海水浴は俺の心配をよそに盛り上がっているようで、そこかしこから男女の喧騒が聞こえてくる。もしかすると、中には男女混合で遊ぶグループが生まれているかもしれない。颯汰とシラタキさんも一緒に遊んでいるはずで、初の雀鷹カップル誕生は意外と目の前かもしれない。


「────ああ、そういえば夏樹の水着の感想を言っていなかったね」


 果たして俺の告白じみた独白は一体どう砕け散ったのだろう。ごめんなさいと早く一刀両断して欲しかった。結果は分かっているからドキドキこそしないものの、斬られる瞬間はやはり痛いはずで、そういう意味では早く楽になりたかった。


「夏樹の水着姿、見てもいいかな?」

「え、いいけど……というかもう見てる気がするけど」


 何度も言うが、立華さんが選んでくれたこの黒の水着はすこぶる地味だった。水着の感想なんて特にない気がしてならない。少なくとも、特別かっこよくはない。


「ああ、でも一つだけ、言っておかなければならない事があるんだ」


 どこかで聞いたような台詞だった。なら、その続きはこうだ。


「夏樹の水着姿を見たら、ボクはきっと夏樹の事が好きになってしまうと思う。それでもいいのなら、見ようと思う」


 立華さんは人を揶揄う才能があると思う。まさかカウンターパンチを喰らうとは思っていなかった。寝転んでいるから分からないけど、きっとあの意地の悪い笑みを浮かべているんだろう。当り前だけど、凄く恥ずかしかった。


「…………見ればいいんじゃないかな」


 このまま砂浜に沈んでしまいたかった。穴を掘って埋まるのもありだ。フラれるならまだしも、まさかこんなイジり方をされるなんて。でもそんな立華さんを、俺は好きになってしまった。


「────かっこいいよ、夏樹」

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