第52話 立華一織がついた嘘
楽しいイベントの前にはいつだって試練が待ち受けている。夏休みを目前に控えた蒼鷹・雀桜両校生を『一学期期末テスト』という門番が待ち構えていた。
テスト期間の良い所はお昼に学校が終わる事だ。テスト一日目が終わり、俺は友人達とサイベリアにやってきていた。昼ご飯を食べながら今日のテストについてあれこれ言い合う瞬間はとても楽しい。
…………のだが。
「じゃあな夏樹。海の事、くれぐれもよろしく頼むぜ」
颯汰が俺に耳打ちして、奥のテーブルに歩いていく。そこには一組のクラスメイトが既に着席していて、残った一人分のスペースに颯汰が滑り込んだ。つまり俺の席はない。
といってもハブられてる訳じゃない。俺は俺で案内された別のテーブルに座って、スマホを開く。待ち合わせをしている立華さんからの連絡はまだなかった。もうそろそろ着いてもいい頃なんだけど。
平日の昼間ということもあり、店内は幼児を連れた主婦のグループが何組かちらほらいるだけで、静かな時間が流れている。遠く離れたテーブルにいる颯汰の声がこっちまで薄っすら聞こえてくるくらいだった。平日の夜や、休日とはまた違う雰囲気で、凄く新鮮だ。
ピンポーン、と来店を告げる音が響いた。反射的に身体が反応して玄関の方を見やると、十人は超える雀桜生の集団がスペース一杯に広がっていた。こりゃ大変だ、とキッチンの人に思わず同情してしまう。そして探すまでもなく、立華さんは先頭に立っていた。
立華さんがフロアをきょろきょろと見回して、俺の姿を探す。目が合った。立華さんはするっと集団を抜け出すと、こちらに歩いてくる。
「やあ夏樹。待たせたかな」
立華さんが対面に座った。それだけで周囲の空気の清涼感が増した気がした。最近の俺は立華さんの可愛い所ばかり見ているから忘れそうになるけど、やっぱり立華さんは冗談みたいに爽やかでカッコいい人間だった。
「いや、今来たとこ。本当に」
「そうかい。なら良かったよ」
立華さんが注文用タブレットに手を伸ばす。そんな俺達の横を、雀桜生の集団が通り過ぎた。
────襲われるんじゃないかと本気で思った。気付けば背筋が伸びていた。しかし雀桜生達は俺に向かって睨むような視線こそ向けたものの、大人しく奥のテーブルに案内されていった。
安心したような拍子抜けなような。もしかしたら立華さんが事前に何か言ってくれたのかもしれない。
「そうか、平日ランチが頼めるんだね」
立華さんが声を跳ねさせた。サイベリアは平日の昼限定で、とてもお得なセットを提供している。メインとサイドとドリンクバーがセットになって1000円ジャストの出血大サービス価格。因みに全く採算は取れていないらしい。普通に頼んだら1500円するもんなあこれ。
「新鮮だよね。普段は学校があるから絶対頼めないし」
「そうだね。うん、ボクは平日ランチにするよ。サイドは夏樹と相談しようかな」
立華さんがタブレットを手渡してくる。軽くメニューを眺めるけど、やはり平日ランチが一番魅力的に映った。
「俺も平日ランチにするよ。サイドどうしよっか。一つはフライドポテトでいいよね?」
「構わないよ。もう一つはほうれん草とベーコンのソテーはどうだろうか」
「あ、俺もそれ好きなんだよね。それにしよっか」
注文を済ませると、スマホが震えた。颯汰からのルインでついしかめっ面になってしまう。わざわざ今送ってくるなんて絶対ろくでもない事に決まっている。
『お前ら、本当に付き合ってないの?』
顔を上げると、颯汰たちがこっちを見てニヤニヤ笑っていた。気持ちは分かる。クラスメイトと雀桜の女の子が二人きりで、それも仲が良さそうに話していたら、俺だって同じことをするだろう。
「どうしたんだい?」
立華さんが俺のスマホに視線を落とす。他人のスマホを覗くのはあまりマナーの良い行動ではないかもしれないけど、それくらいの事は気にならない程度には俺達は仲が良かった。
だからマズいのはその行動ではなく、そこに書いてある文言だった。
「…………へえ。ボク達、そんな風に見られているんだ」
何だか凄く恥ずかしかった。男子校特有の幼稚なノリを大人に見られてしまったような、バツの悪いものが心の中に広がった。立華さんはおもむろに俺のスマホを手に取ると、手短に何事かを打ち込んだ。
「え、ちょっ」
ポフッ、という送信音がスマホから鳴る。慌てて立華さんからスマホを取り返すと、そこにはとんでもない言葉が書かれていた。
『実は付き合ってるよ』
言葉が出なかった。颯汰たちのテーブルが何やら沸き立つのが視界の端で分かった。立華さんは振り返ると、颯汰たちに向かって小さく手を振った。歓声のようなものがこちらのテーブルまで響いてくる。
────とんでもない事になってしまった。
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