第51話 続・思い出の写真

 お風呂から出たボクはベッドに倒れ込んだ。エアコンの効いた空気とひんやりとしたシーツの感触が火照った身体を冷やしていく。ボクは枕元を乱雑に探って、転がっているスマホに手を伸ばす。


 スマホを握っているだけで、心が温かくなるのは何故だろうか。手は無意識に「写真」アイコンをタップする。そこには、意表を突かれたような表情でこちらに視線を向ける、上半身裸の夏樹がいる。


 自分の変態性に一番驚いているのは、他ならぬ自分だった。まさかボクがあんな行動に出るなんて。気が付いたら夏樹に向かってシャッターを切っていた。そうしたいと強く思ってしまった。


「…………意外とがっしりしているんだね」


 こうやって一人で見返していると知ったら夏樹は幻滅するだろうか。


 欲求のままに「壁紙にする」ボタンをタップする。

 …………やりはしないよ、ただ試してみるだけだ。


 枠を合わせて決定ボタンを押す。ドキドキしながらロック画面に戻ってみると────おでこにデカデカと20:56と表示した夏樹が姿を現した。


 滑稽で面白い。


 でもそれ以上に、嬉しかった。


「これは…………流石にダメだろうね」


 ボクはあまりスマホを触る方ではないけど、それでもロック画面を誰かに見られる事はある。夏樹に迷惑がかかってしまうのは避けないとね。ボクはまあ、見られても構わないけど。


 それに、本人に見られたら一大事だ。もう完全に言い逃れ出来ない。水着の写真を壁紙にしているなんて、キミの事が好きなんだと告白しているようなものだろう。


「…………最悪、それでもいいかな」


 あの鈍感さんにはそれくらいしないとダメかもしれないな。というか、その上で「からかってるでしょ」とか言ってきそうだ、夏樹は。からかってる訳ないのにね。キミの事が好きなだけなのにね。


 まあこれは、決定的な言葉を言う勇気がないボクにも問題があるか。夏樹が気が付かないと高をくくって気持ちを小出しにしてしまうきらいがある事は、勿論自覚しているんだ。


 そして、分かっていても自分ではどうしようもない。恋というのはこうもままならないものなのか。全然思い通りにいかないじゃないか。


「────いつか、大手を振って夏樹を壁紙に出来たらいいなと思うよ」


 そうしたら、どれほど幸せだろうね。



「────ぶっ!?」


 目を覚ました俺はいきなり超ド級の衝撃で覚醒した。


「えっ、ちょっ、マジかこれ」


 寝てる間に立華さんから送られてきていたメッセージ。そこには一枚の写真が添付されていた。


 ────昨日買った水着を着て、少し恥ずかしそうに頬を赤らめながらも、視線だけは一応こっちに向けてくれている立華さんの写真が。


『今日は勝手に写真を撮って悪かったね。これでおあいこにさせてくれ』


 寝起きだというのに心臓が早鐘を打つ。全身から汗が吹き出す。とんでもないものが送られてきてしまった。


「…………いや、何て返せばいいんだよこれは」


 ありがとう?


 感謝するのは何か変態みたいだよな。でもそっけなく返すのは立華さんも傷つくだろうし。どう返しても変な感じになる気がする。この写真は完全に爆弾だった。


 深呼吸をして、もう一度写真に目を落とす。


 恥ずかしいなら送らなかったらいいのに。送ってくれてありがとう。矛盾する二つの気持ちが同時に心に出現した。ありがとうがどんどん優勢になっていく。


「…………こんなの送られたら、普通勘違いすると思うんだが」


 これで自制出来ている俺は、実は凄く偉いんじゃないだろうか。恋は盲目というけど、俺は極めて冷静でいられている気がする。だってあの立華さんを前にして、まだ恋に落ちていないんだから。


 というか、立華さんも立華さんだ。自分の魅力を分かっているはずなのに、こんな写真を送ってくる。俺をドキドキさせてからかっているんだろう。あなたの狙い通り、俺は今ドキドキしてますよ。朝からこんな気持ちにさせられて今日一日どうすればいいんだか。


「…………」


 なんとなく。


 なんとなくの軽い気持ちで、水着の立華さんをロック画面に設定してみる。


 勿論すぐに戻す。こんなの誰かに見られたら死ぬまで追求されるだろうし、立華さんも見られたくはないだろう。俺も見せたくはない。だから、今の一瞬だけだ。


「…………わお」


 ────物凄い破壊力だった。ボタンを押せば、水着の立華さんが出迎えてくれる。こんな事があっていいんだろうか。いや、いい訳がない。この輝きにきっと人は耐えられないだろう。

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