第50話 思い出の写真
立華さんが選んでくれたのは、特に柄も入っていないシンプルな黒い水着だった。これなら試着するまでもないと思ったんだが、立華さんが頑なに「試着しろ」と譲らず、俺は試着室に押し込まれている。
「…………まあ、普通だな。想像通りというか」
パンツの上から水着を穿いてみると、予想通り特に何の感想も湧かない俺がそこにいた。裾も丁度膝あたりで動きやすいし、特に文句はない。ちょっと地味過ぎる気はするけど。
「夏樹、どんな感じだい?」
カーテンの向こうから立華さんの声がする。もっと攻めたデザインの物を渡されると思っていたから、正直ちょっと拍子抜けだ。
「普通って感じ。一応見る?」
「勿論だよ」
「了解。ちょっと待ってね」
衣服を整えてカーテンを開ける。立華さんは俺の姿を見ると、案の定微妙そうな表情になる。ほら、やっぱり地味なんだ。
「夏樹、上も脱いでくれなきゃ分からないよ」
「え?」
立華さんが変な事を言い出した。
「夏樹は海に入る時、シャツを着ているのかい?」
「いや着ないけど…………ここではいいんじゃないかな」
別に水着が似合っているかを見るのに上を脱ぐ必要はないと思う。インナー着てないから脱いだら普通に裸だし。
「裸はちょっと恥ずかしいし、このまま見て欲しいんだけど」
俺がそう言うと、立華さんは「なるほど」と呆れたように呟いた。
「…………ボクの裸は見た癖に、自分の裸を晒すのは嫌だと言うんだね」
確かに見たけど。
きゅっと締まった健康的なくびれとか、張りのある綺麗なお腹とか、大きな胸とか見たけど。
「うっ…………いやでもあれは水着であって裸ではなかった気が」
「胸が隠れているかどうかの違いしかないじゃないか。ほら、いいから上を脱いで改めて見せてくれよ」
立華さんが強引にカーテンを閉めてしまう。
何なんだ一体。どうして立華さんはそこまで正確に似合っているかを判断しようとするんだろう。確かに上にシャツを着ている状態と上半身裸では、厳密には少し印象が違うとは思うけど。
まあ考えても仕方ない。確かに俺も裸同然の立華さんを見てしまっている。俺だけ見せないのはアンフェアかもしれない。それにどうせ海に行ったら見せる事になるんだし、恥ずかしがる必要もないのかも。
俺はシャツを脱いで、一応鏡を確認する。うん、毎日見ている自分の身体だ。一応太ってはないと思うんだけど。大丈夫だよな……?
意を決してカーテンを開ける。
「────おお」
立華さんが目を丸くして、俺の身体を眺めだす。そんなにジロジロ見られると何だかむず痒かった。
「どうかな?」
「うーん…………もう少し見せてくれ」
立華さんはやけに難しい顔をしながら、俺の身体を上から下までゆっくりと眺めている。この無地の黒い水着にそこまで見る所があるとも思えなかったけど、立華さんは真剣そのものだった。真剣に水着を選んでくれている気持ちは嬉しい。
「肉眼だと難しいね。ちょっと写真を撮らせてくれ」
立華さんがさっとスマホを構える。俺が反応するより先に、小さなシャッター音が響いた。
「画面で見たら何か変わるの?」
「画面を通すことで客観的に見られるようになるんだ。うん、よく撮れているよ」
立華さんが画面をこちらに見せてくる。何とも言えない表情をした俺が映っていた。画面上でもこの水着はやっぱり地味だ。
「うん、いいんじゃないかな。夏樹によく似合っているよ。水着はそれにするといい」
「そうかな? 選んでくれたのにこんな事を言うのもなんだけど、ちょっと地味過ぎないかな?」
無地ならせめて水色とかの明るい色にした方が良いと思うんだよな。
「いや、それくらいでいいんだ。カッコいい水着を穿いて夏樹が目立ってしまったら困るだろう。女の子に囲まれるかもしれない」
「そんな事ありえないと思うけどなあ……」
立華さんはとんだ心配をしているみたいだ。俺が女の子にちやほやされるなんてあるわけないのに。
まあ折角立華さんが選んでくれたんだし、これでいいか。特にこだわりがある訳でもないし、また当分使わないだろうし。
「じゃあこれにするよ」
「うん、そうするといい」
俺は更衣室に引っ込んでさっと着替えると、水着をレジに持っていく。
ふと後ろを振り返ると、立華さんがスマホを眺めて嬉しそうに笑っていた。何か良い事でもあったんだろうか?
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