第49話 山吹夏樹も男の子
恥も外聞もなく、俺は立華さんの胸に視線を注いでしまう。
「そ、そんなに気になるのかな、ここが」
「ご、ごめんっ! でもちょっとあの、びっくりして」
自己弁護する訳じゃないけど、急に目の前に富士山が現れたら誰だってびっくりすると思う。いや富士山クラスに大きい訳じゃないけどさ。想像とのギャップが凄いというか。
「…………普段はキツめの下着で潰しているんだよ。その方がかっこいいだろう……?」
俺が余りにも見過ぎていたのか、立華さんは恥ずかしそうに胸を隠してしまう。ストレートに恥ずかしがる立華さんが珍しくて、今度はその紅潮した顔に注目してしまう。
「王子様キャラの為にそんな事を?」
「…………まあ、そういう事になるね。こんなものなかったらいいのにさ」
絶対そんな事ないよ!
喉元まで出かかった言葉を俺は必死に押しとどめた。俺は特に胸の大きさに対してこだわりがある方ではないけど、目の前の立華さんは凄く魅力的だった。もしかしたら、俺は大きい方が好きなのかもしれない。
「凄く可愛いよ、一織。水着も似合ってる」
富士山を前にすると、人は小さな事などどうでも良くなってしまうと聞くけど、今の俺も同じ気持ちだった。考えつく限りの言葉で褒めちぎっていると、立華さんが「も、もういいっ」とカーテンを閉めてしまう。
「…………夏樹がえっちだという事は充分伝わったよ……」
「いや、そういう訳じゃないよ。純粋な気持ちで判断したつもり」
想像通り、やはり立華さんには黒い水着が似合っていた。まだ一着目だけど、もうこれでいいと確信できる。
長い時間をかけて、立華さんが試着室から出てきた。つい気になって胸に視線をやると、いつもどおり富士山は雲に隠れてしまっていた。下着って凄いんだな。こんなに潰してしまって身体に悪くないのかは気になるけど。
「…………何か言いたい事でも?」
「いやいや、全然。それより水着どうするの? 俺はそれがいいと思うんだけど」
「い、いつになく強引だな…………分かった分かった、これにするよ。元々夏樹の意見で決めるつもりだったし」
立華さんがレジに歩き出す。店員さんが立華さんを見て一瞬びっくりしたような表情を浮かべたけど、特に何事もなく購入する事が出来た。店員さんの胸中は察するに余りある。
◆
立華さんが「疲れたから店に入らないかい」と言い出し、俺達はモール内の喫茶店にやってきた。激務のサイベリアでも全く表情を崩さない立華さんが「疲れた」と言い出すのは珍しい。日々の疲れが溜まっているんだろうか。
店員がやってきて、俺の前にアイスココアを、立華さんの前にブラックコーヒーを置いて去っていく。俺達は笑いながらお互いの飲み物を交換した。もし立華さんが女の子の格好をしていたら、あの店員さんはブラックコーヒーをどっちに置いただろうか。
「そういえば、夏樹は水着を持っているのかい?」
ストローをアイスココアにさしながら立華さんが言った。
「一応あるにはあるけど、中学生の時に買った奴だから流石にちょっとキツいかも。よく分からない南国の花みたいな柄物だし。新しいの買った方がいいのかな」
去年の夏はサイベリアで働きっぱなしで海に行く機会はなかった。今年も同じ夏になるだろうと思っていたんだが、まさかこんな事になるとは。
「それは買うべきだね。絶対に買うべきだ。よし、ここを出たら夏樹の水着を見に行こう。キミもボクと同じ辱めを受けるべきだ」
そう言うと、立華さんが勢いよくアイスココアを吸い上げていく。俺も釣られるようにブラックコーヒーを飲み干した。疲れたから休みたいとは一体なんだったのか。
喫茶店を出て、俺達は男性向けの水着売り場にやってきた。男性向けの売り場は女性向けに比べるとあからさまにスペースが小さかった。まあ男の水着なんてデザインの幅もそんなにないもんな。
「夏樹、これとかどうだい?」
立華さんが手渡して来たのは、黄緑色のブーメランパンツだった。一体どんな層が穿くんだこれ。ボディビルダーとかそういう人らじゃないのか。
訝し気な視線を向けると、やはり立華さんは嫌な笑みを浮かべていた。
「…………逆に訊きたいんだけど、これ穿いた俺、見たい?」
「勿論。ボクは似合うと思うよ」
「絶対嘘でしょ…………流石にそれは却下。普通のデザインにしてよ」
何故か、俺の水着は立華さんが選ぶことになっていた。とはいえブーメランパンツは勿論論外だ。水泳部でもあんなのは履かないだろう。
「残念だな」と思ってもいない事を呟きながら、立華さんがブーメランパンツを棚に戻した。
一応、さっきの水着を着た立華さんとこのブーメランパンツを穿いた俺を頭の中で波打ち際に立たせてみると…………やっぱり悪い夢みたいな絵面だった。あと立華さんが可愛い。胸があるだけでこんなに思ってしまうなんて、俺は変態なんだろうか。
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