第48話 水心あれば魚心あり

次は月曜更新となります。


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 やはり普段通りのユニフォームで過ごす平日は快適度が違う。俺達は流れるように平日の勤務を乗り切り、土日に突入した。


 平日をアルバイトに費やしている俺は学校の勉強を土日に頑張る必要がある。期末テストもすぐそこまで迫っているし、この土日は絶対に勉強しなければならない。俺は白鳥ではないけれど、見えない所でもしっかり努力をしたいと思っているんだ。


 そんな訳で────俺は土曜の朝から電車に乗り大きな駅までやってきていた。全く意味不明だ。勉強はどこにいった。俺は今頃コーヒー片手に机に向かっているはずだったのに。


「…………また人だかり出来てるし」


 待ち合わせ場所の改札までやってくると、見覚えのある光景がそこには広がっていた。立華さんの周囲に沢山の女性がいるのは恐らく偶然ではないだろう。誰も話しかけたりはしてないようだけど、出来れば話しかけて欲しいオーラをビンビンに放出している。サイベリアで働いていると、そういうのが分かるようになってくるんだ。


 立華さんもどうやら休日まではサービス精神を持ち合わせていないようで、周囲の様子はどこ吹く風といった様子でスマホに視線を落としていた。スマホが震え、『着いた?』とメッセージがくる。


『目の前にいるよ』


 返信すると、立華さんが顔を上げる。立華さんは俺の姿を見つけると少しだけ嬉しそうに微笑んだ。周囲の女性たちが視線の先を追いかけて、俺を発見すると困惑した様子で顔を歪めた。どんな綺麗なシンデレラが来ると思っていたんだろうか。


 立華さんが人波を割る様に俺の元へ歩いてくる。聖書の中じゃモーセは海を割るらしいけど、立華さんは人波を割る事が出来る。


「ごめんね一織。遅くなって」

「ボクも今来たところさ。謝る必要はないよ」


 立華さんが俺の隣に並ぶ。行先はこの前と同じショッピングモールらしいので、自然と足はそっちの方へ。


「てかさ、ワンピース着て来なかったんだね」


 今日は立華さんの水着を買いに来ている。てっきり「私服デート」とやらを兼ねているものだと思っていたんだけど、立華さんは男装姿だった。大き目のTシャツにこれまた大きめのカーゴパンツというラフなスタイルだ。よく分からないけど、多分お洒落なんだと思う。何を着てもカッコいいから判断が難しい。


「今日は買い物に来ているだけだからね。それはデートとは言わないだろう?」

「そうなのかな。ウィンドウショッピングもデートだと思ってた」


 自信満々の立華さんの様子に俺は密かに不安になる。買い物がデートではないというのなら、一体どこに連れて行けばいいんだろうか。


「なるほど、夏樹は今日デートのつもりで来ているんだね」

「いや、そう言われると────」


 俺の言葉は強制的に途切れた。手のひらがひんやりとした感触で満たされたからだ。


「────こういうのを、期待していたってことかな?」


 夏だというのに、立華さんの手は少し冷たい。指も細くて小さくて、やっぱり立華さんは女の子なんだなというのを再認識させられる。



 来てしまった…………。


「…………」


 目を覆いたくなるような景色が目の前に広がっている。


 赤、白、黄色。紫に黒。まるで花畑のように一面に広がるカラフルなそれらは、決してチューリップなどではない。


 ではなんなのかというと────


「────ふむ、思ったより沢山あるね。シーズンだからかな」


 立華さんが水色の水着を手に取る。これは確か三角ビキニという奴で、ビキニの中では定番のタイプだ。


 …………昨日「水着を買いに行く」と知らされた俺は、女性の水着について一応必死に調べて来ていた。だって「夏樹が選んでくれ」って言うんだもん。お陰で昨晩も勉強が出来なかったし、正直凄く悶々とした。


「夏樹、これはどう思う?」


 立華さんが水色の布を自分の身体にあてがう。

 その行為はもう殆ど拷問に近かった。これで興奮しないのは男子高校生じゃないし、立華さんの事が好きになりそうだった。


 …………いやいや、待て。恋愛と三大欲求は別物だ。そこだけは絶対に勘違いしてはいけないんだ。


「…………良いんじゃないかな?」


 喉の奥から何とか言葉を絞り出す。あれこれ予習してはきたけど、まともは判断能力は既になかった。


「本当にそう思っているかい? ボクに一番似合うのを選んでくれよ?」


 俺の返答が気に入らなかったのか、立華さんは水着を元の場所に戻した。一番似合うのと言われましても。


「一応考えて来たんだけど…………色は黒が似合うと思う」


 昨晩の脳内シミュレートの結果、かっこいい立華さんはやっぱり黒が似合うんじゃないかという結論になった。この結論に至るまでに、俺は五歳くらい老けた気がした。


「なるほど、黒か…………こういうのってことかな」


 立華さんが手に取ったのは、クロスデザインの水着だった。胸の部分が逆サイドから引っ張られているように見えるセクシーなタイプで、言ってしまえばちょっとオトナな水着だ。そもそもこのコーナーは高校生向けなのか?


「一応……そういうこと……になるのかな?」


 分からないが、とにかく色は合っている。俺が頷くと、立華さんは「よし」と呟いて歩き出す。


「そういう事なら試着してみよう」

「え、ちょっ」


 俺は慌てて立華さんの背中を追う。


 めちゃくちゃ言いにくい事だが…………立華さんは男に間違われるくらいに胸が小さい。その水着を着るには正直ちょっと胸のサイズが足りない気がした。どうにも悲惨な事になる気がする。その事実をどう伝えたらいいかは全く見当もつかないが。


「ちょっと待っててくれるかな。上だけ合わせてみるから」


 結局俺は何も言えず、立華さんはカーテンの向こうに消えていってしまう。


「…………どうしよう」


 口の中で呟く。サイズの合わない水着を身に纏った立華さんを見てどういう反応をすればいいのかも分からないし、そもそも立華さんの水着姿を見る心の準備も全く出来ていなかった。試着って服の上からだったりするのかな……?


「いいかい、夏樹」

「う、うん」


 全然よくなかったけどそう言う事しか出来ない。俺を置いてけぼりにして、勢いよくカーテンが開く。


「え」


 そこには────セクシーなデザインに負けず劣らずの大きな胸を水着に収めた立華さんが、斜めを向いて立っていた。


「どう、かな……? …………流石に、ちょっと恥ずかしいね」

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