第40話 夏樹の見た夢
『────大好きだよ、夏樹』
…………
……
目を覚ますと朝になっていた。どうやらスマホを握ったまま寝落ちしてしまったらしい。まだいつも起きる時間より前だったから一安心した所で、心臓が短距離走の後みたいにドキドキしている事に気が付いた。
「…………凄い夢見たな」
寝ぼけた頭で考えるのは今まで見ていた夢の事だ。詳しいシチュエーションはもう思い出せないが、俺と立華さんが二人きりで話していた気がする。それだけならまだいいのだが、俺の深層心理は立華さんにとんでもない事をさせていた。
『────大好きだよ、夏樹』
未だに頭の中で反響しているそのセリフは、俺を夢から覚ますには十分すぎる破壊力を持っていて。考えなければいけないのは、一体どうしてそんな夢を見てしまったのかという事だった。
「立華さんの事…………好き、なのかなあ」
口に出してみてもそれほど実感はなかった。自分の気持ちを綺麗にラベリング出来た気持ち良さのようなものは全くない。それはきっと、俺が立華さんに対して強い『憧れ』を抱いているからだろう。この気持ちが『好き』なのか『憧れ』なのか、判断するにはあまりにも材料が足りていなかった。
「困ったな…………まともに立華さんの顔を見られる気がしない」
まさか「夢であなたが告白してきたので恥ずかしくて顔が見られないんです」と伝える訳にもいかないし。勘の鋭い立華さん相手にこの気持ちを隠すのは大変だけど、何とかバレないように頑張らないと。
◆
「夏樹、何か様子がおかしいね?」
バレた。
それはもう速攻でバレた。まだ朝礼が終わって五分と経っていなかった。
「そ、そうかな……?」
俺は努めて手洗いに集中する事で難を逃れる作戦中だ。集中しているから隣に立華さんが来ても全然緊張したりはしない。あれ、今どこまで洗ったっけ?
「絶対おかしいよ。全然目が合わないもの」
「それは手洗いに集中しないといけないからだね」
もういいや、分からないから最初からやり直そう。手洗いなんてどれだけやってもいいからね。外食産業に携わる者として衛生面は細心の注意を払っていきたいと思ってるんだ。
『────大好きだよ、夏樹』
やめろ。
今はマジでやめてくれ。
どうして考えちゃダメだと思えば思う程、脳みそは考えてしまうんだ。人体の欠陥としか思えない。おかげで心臓がオーバーヒートしそうだった。鼓動が立華さんに聞こえていないか冷や冷やする。
「何だか顔が赤いけど?」
「…………メイド服着てるからかな。まだ恥ずかしさが抜けなくてさ」
これは我ながらいい言い訳だろう。普通に考えてメイド服を着て人前に出るのなんか恥ずかしいに決まっている。恥ずかしくない俺がどうかしてるだけで。
「なるほどね。そういう事にしておこう」
立華さんが一足先に手洗いを終えホールに歩いていく。全身から力が抜け、汗が噴き出した。
…………どんだけ緊張してたんだ俺は。
◆
夏樹の様子がおかしい。
何か嫌われるような事をしてしまったのかと身構えたけど、どうにもそんな様子ではなくて。
どちらかというと、その逆というか。
「…………困ったな」
…………何だかボク、意識されていないかい?
今まで散々アピールしてきたつもりではあるんだけどさ。急に意識されるとこっちも恥ずかしいというか。
全く気が付かないじゃないか、このにぶちんめ。そんな風に思っていたのに。どうして急に心変わりしたんだろうか。
「…………もしかして、聞こえてた?」
盗み聞きするなんてズルいじゃないか。こっちは寝ていると思って言ったのにさ。
ボクにだって恥ずかしい事くらいある。好きな人に真正面から告白するのは、流石に緊張するんだよ?
…………ああもう、感情がぐちゃぐちゃだ。
夏樹といると、いつもこうなんだ。
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