第37話 クラスメイト、来店

「ういーっす夏樹、来たぞ~…………うわっ、マジでメイド服着てるじゃん!」


 やかましい集団がやってきた。案内の方に目を向けると、颯汰や日浦を含むクラスメイト10人の集団が俺に向かって手を振っていた。日浦は部活どうしたんだよ。


「本当に来たのかあいつら……」


 五時過ぎにも関わらず店内は既に満席寸前。ついさっき学校終わりの雀桜生が大挙して押し寄せてきた関係で注文が殺到している所だった。本当は俺が案内に行きたかったがそんな余裕はなく、それを察した立華さんが案内に歩いていく。颯爽とした足取りに合わせてメイド服の裾がふわっと揺れた。


「いらっしゃい。夏樹の友達だね?」

「あっ、そ、そうです! 俺達同じクラスで────」


 俺が案内に来るものだと思っていたんだろう、まさかの立華さんの登場に颯汰達がピンと背筋を伸ばした。同い年だしそこまで緊張する事ないのに。


「君と君は見覚えがあるよ。確か騎馬戦で夏樹を支えていた子と、最後まで残っていた子かな?」

「覚えていて下さってたんですか!?」

「あ、俺日浦っていいます! 夏樹とは無二の親友で────」

「あっ、おいそれ俺だろ! 俺は颯汰という者なんですけど……」


 教室ではやれ「絶対いけるって」だの「結婚式には呼んでくれ」だの調子の良い事を言っていた颯汰や日浦だったが、いざ立華さんを目の前にすると借りてきた猫のようだった。メイド服を身に纏っていても立華さんの放つオーラは少しも変わらない。


「ふふ、皆元気がいいね。席は離れても大丈夫かな?」

「あっ、もう全然! なんなら床でも大丈夫です!」


 やいのやいのと騒ぎながら颯汰達は席に案内されていった。近いうちに訪れるだろうデシャップの嵐に備えて準備していると、案内を終えた立華さんが俺の元にやってくる。


「夏樹、そっちは大丈夫かい?」

「うん、大丈夫。それよりあいつら立華さんに変な事言わなかった?」


 しっかりと釘を刺しておいたけど、あいつらすぐに忘れるからな。ある事ない事言ってないとも限らない。


 立華さんは少しだけ考える素振りをした後、意味深な表情を作った。


「…………どうだったかな。忘れてしまったよ」


 そう言い残して、立華さんはデシャップに歩き去っていく。


 …………いや、絶対何かあったやつじゃん。俺は急いで颯汰の元へ向かった。


「おっ、夏樹。そんな走ったらパンツ見えるんじゃないのか?」

「スパッツ履いてるから恥ずかしくない! それよりお前ら立華さんに何か言ってないよな!?」


 颯汰の軽口を一刀両断して言い放つと、場に緊張した空気が走った。きょろきょろと視線を動かしてお互いに助けを求めているように見える。何かがあったのは確実だった。


「…………俺、言ったよな? 絶対に立華さんに変な事言うなって」

「い、いや違うんだよ……ほんのちょっと出来心でな……?」

「で、何言ったのさ?」


 問題はそこだ。


 こいつらは誰かに彼女が出来そうになると「抜け駆けだ!」と断罪する割には、ひよっている奴がいたら「告ったらいけるって!」と煽り立てたりする。何を考えているのかよく分からないし、だからこそ何を言うかも分かったもんじゃない。


「…………いやな? 俺達、立華さんの事は恋愛対象外だったっつーか……正直かっこよすぎるっつーか……そんな感じだったじゃん」

「そういえばそんな事言ってたね」


 蒼鷹祭の時だったか、そんな事を言っていた気がする。俺はその意見には全く賛同できなかったけど。


「でもさ、今日メイド服姿の立華さんを見たら…………あれ、めちゃくちゃ可愛いじゃん、みたいな? ぶっちゃけキュンと来ちまってよ」


 颯太の言葉に合わせて皆がうんうんと首を縦に振った。それで案内の時に緊張してたのか。立華さんが予想外に可愛くてびっくりしてたんだな。


「あ、いや勘違いするなよ? 俺達は夏樹の恋路を邪魔するつもりはないからな? ただ『メイド服姿可愛いですね』って、それだけ伝えたんだよ」

「そしたら?」


 恋路うんぬんはツッコむのも億劫なのでスルーするとして、颯汰の話は思ったより平和だった。それだけなら普通の世間話だし、颯汰がこんなに焦る必要はない。


「ありがとうって言ってくれた。そんで────訊かれたんだよ」

「訊かれた?」


 そこで、颯汰は周りとこそこそと何かを話し始めた。しかしすぐに決着がついたのか、意を決したように俺に視線を向けた。


「────夏樹は可愛いと思ってくれるかな、ってさ」


 背筋に電撃が走った。どういう顔をすればいいか分からなかった。ただ反射的に頬が緩みそうになるのを感じて、ぎゅっと力を入れた。


「悪い、勝手に『夏樹も可愛いと思ってるはずです』って答えちまった。それ以外に答えようがなくてよ」


 颯汰の言葉は全然耳に入ってこなかった。『立華さんはどうしてそんな事を訊いたんだろう』という一つの疑問が、ぐるぐると頭の中を乱飛行していた。

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