第36話 山吹夏樹のメイド服
「おい夏樹、サイベリアが面白い事になってるってホントか?」
きた。
ついにきた。
寝たふりをしている俺の頭上から降り注ぐ颯汰の声。遅かれ早かれバレるとは思っていたけど、まさか三日も持たないとは。
「昨日シラタキとルインしてて聞いたんだよ。夏樹、メイド服着てるんだって?」
メイド服、という言葉に反応して身体がピクッと震えてしまった。仕方なく身体を起こすと、颯汰が前の席に滑り込むように座った。
「本当なのか?」
「…………冗談みたいだろ?」
俺が首を縦に振ると、颯汰が声をあげて笑う。
「前から思ってたけどあの店長ちょっとおかしいよな。ポテト盛りすぎだし」
「ちょっとじゃないんだよね、それが」
クリスマスにいきなりサンタのコスプレ衣装を持ってきたり、バレンタインデーにあらゆる料理にチョコソースをかけてみたり、店長のやる事は派手で予測が出来ない。一見するととんでもない人なんだが、何故かいつも不思議なくらい上手くいくんだよな。サンタ衣装もチョコハンバーグもアンケートでの評判が良く、今年も実施予定だ。
「シラタキが夏樹のメイド服可愛かったって言ってたぞ。雀桜でも話題になってるらしい」
颯汰はスマホを操作するとルインの画面を俺に向けてきた。会話の相手はネコミミの加工が施された女子高生の自撮りアイコンで、名前は「シラタキ」となっている。因みにまだ付き合っていないらしい。
「なになに……」
チャットを見てみると、確かにそのような事が書いてある。興奮気味に語るシラタキさんに、颯汰は可愛いうさぎのスタンプを交えて返事を返していた。何だこの颯汰には似合わないスタンプは。
「颯汰、めっちゃ狙ってんじゃん。俺にはスタンプなんか使わないのに」
「うるせえ、いいんだよそんな事は。小学生の時に育てたプチトマトの如く、ゆっくりじっくり愛を育んでんだよ俺達は」
「まだ付き合ってないんだから愛は育んでないんじゃ?」
颯汰はシラタキさんの事が好きなんだろうけど、果たして向こうはどうなんだろうか。個人的には上手くいって欲しいと思っているけど、ルインでは立華さんの話題も頻繁に出ているし、あまり颯汰への想いは感じられない。やり取りが続いている以上脈ナシという事はないんだろうけど。
「つか、それを言ったらお前はどうなんだよ。立華さんとは上手くやってんのか?」
「いや俺と立華さんはそういう関係じゃないから」
即座に否定する────が、俺は完全に失念していた。
「…………へえ」
俺のスマホの裏には今、立華さんと撮ったプリクラが貼ってあるって事を。あの日、立華さんによって無理やり貼られてしまったのだ。俺のスマホに『友達?』を、自分のスマホに『友達!』の方を貼った立華さんは「これでお揃いだね」と満足そうに呟いた。俺は「そうだね」と冷静なふうを装っていたけど、内心ちょっと嬉しかったのは言うまでもない。
「その割には仲良くピースなんかしちゃってる気がするけどなあ?」
颯汰は鬼の首を取ったように俺のスマホをひっつかむと、まじまじとプリクラを眺め出した。バレないように気を付けていたのに完全に油断していた。これも全てメイド服のせいだ。
「いつの間にかこんな関係になってたなんてなあ……嬉しいよ俺は」
颯汰は口の端を吊り上げる。血の団結で結ばれた2年1組から出た裏切り者を一体どうしてやろうか、という嗜虐的な思考で頭が一杯になっているようだった。大袈裟なと思うかもしれないが、今の蒼鷹において「彼女がいる」というのはそれほどの意味を持つ。
「いや、あの、マジでそういうのじゃないからね?」
「じゃあこの『友達?』ってどういう意味だよ」
「実は俺にもそれが分からないんだよ。友達未満って意味だと思うんだけど」
俺の言葉を聞いて、颯汰は大袈裟に両手を広げて溜息をつく。
「分かってねえなあ夏樹…………これはな、『本当は恋人って書きたい』って事だろうが」
「…………は?」
斜め上の意見につい首を傾げてしまう。
「見てみろよこの立華さんの顔を。完全にお前の事が好きな顔だろうが」
「全然そうは見えないけど……」
颯汰も本気で言っている訳じゃないだろう。仲のいい女の子がいると知ると、すぐに「いけるって!」と煽り立てるのが男子高校生の悪い所だ。
「こりゃ確かめにいくしかないな。夏樹と立華さんのメイド服姿も見たいし」
「いいけど変な事言わないでよ。本当にそういうのじゃないからさ」
「分かってるって。そもそも立華さんに話しかける勇気ないしな」
颯汰は立ち上がると、放課後サイベリアに行く人を募り始めた。最初こそ皆の反応は良くなかったけど、俺と立華さんのメイド服姿が見られると聞くや否や目の色を変えて参加を表明し始めた。
皆、そんなに俺のメイド服姿が見たいのか……?
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