第34話 思い出を形に

「プリクラ?」


 ハンバーガーも食べ終わろうという時の事だった。意外な言葉が立華さんの口から漏れた。


「知らないかい? ゲームセンター等にある機械で、色々な機能が付いているカメラのようなものなんだが」

「いや、プリクラ自体は知ってるけどさ」


 何なら中学生の時に友達と撮った事がある。よく分からないうちに加工で目が別人みたいに大きくなっちゃってめちゃくちゃ笑ったなあ。撮った写真どこにやったんだっけ。


「実は興味があってね。いい機会だし撮ってみたいと思ってるんだが……夏樹は大丈夫かい?」

「大丈夫だよ。久しぶりだなあプリクラ」

「む、夏樹は撮った事あるのかい?」


 立華さんがジトっとした目で見つめてくる。


「中学生の時に一回だけね。そこまで仲いい友達じゃなかったんだけど、あれは何で撮ったんだったかなあ」


 確かテスト明けにクラスの友達と遊ぼうという話をしていたら、何故かそれが別のグループにも広がって最終的に大人数で遊ぶ事になったんだったかな。


「もしかして…………それは女の子とだったり?」

「女の子もいたかな。俺の地元のゲーセン、男だけだとプリクラスペース入れないんだよね」


 あれは一体何でなんだろうか。男だけでプリクラを撮る事なんてないから困りはしないけど、不思議ではある。


「…………そうかそうか、初めてなのはボクだけか」


 立華さんが拗ねるようにそっぽを向いてしまう。そんな子供っぽい仕草すら絵になるので、俺は何故か凄く悪い事をしてしまったような気持ちになる。


「でも、二人で撮った事はないからさ。それは立華さんが初めてだよ」


 俺がそう言うと、立華さんは何とか機嫌を直してくれた。俺は内心でホッとする。


「むう……それならまあいいか。そうと決まれば善は急げだ、早速撮ろうじゃないか」


 立華さんがハンバーガーの包み紙をぐしゃっと丸めて立ち上がった。確かショッピングモール内にゲームコーナーがあったはずだから、そこにプリクラもあるだろう。



 機械が発する女性の音声が、異様に高いテンションで5カウントを開始する。


「た、立華さん……? なんか……近くない……?」

「そうかな。雀桜でクラスメイトに見せて貰ったものはどれもくっついていたよ」


 俺達はプリ機の中でシャッターが切られるのを待っていた。立華さんはまるで俺の事を所有物だとアピールするかのように肩を組んで、カメラに向かってピースを向けていた。


 俺はというと立華さんにされるがままになっていて、特にこれといったポーズは取れていない。せめてもの抵抗として顔だけはしっかりと正面に向ける事にする。


『ハイ、チーズ!』


 パシャっとフラッシュが光り視界が白く染まる。今風でハイテクな装置なのに掛け声は「ハイ、チーズ」なんだ。そんな事が何だか面白かった。


「よし、今のは良い感じに撮れた気がするよ」


 立華さんが満足そうに頷いた。


 …………カーテンで仕切られているだけとはいえ、狭い空間に二人きり。立華さんの存在がいつもよりずっと近くに感じる。ドキドキしているのがバレなければいいけど。


「それなら良かった。俺はちょっと自信ないなあ」

「それなら今度は夏樹がしたいポーズに合わせようか」


 立華さんはそう言ってくれたけど、特に何も思い浮かばない。


『そろそろ二枚目、いっくよー!』


 悩んでいるうちにカウントダウンが始まってしまった。焦った俺はとりあえずカメラに向かってピースサインを向ける事にした。何の捻りもないけど仕方ない。


 目だけで立華さんを確認してみると、立華さんも同じように手元でピースを作っていた。いつもの立華さんらしくない控えめな仕草。たったそれだけで、今の立華さんは女の子だって分かった。立華さんは性格によって「動」と「静」がはっきりと分かれている。


「…………嬉しいな」


 立華さんは画面に表示された撮影結果をまじまじと見て、嬉しそうに両手を握った。俺は何も言えずに、そんな立華さんを横目でずっと見つめている。


────密室(ではないけど)に二人きり。立華さんが王子様モードだったから何とか緊張せずにいられたけど、こうなったらもう無理だった。


 だってこれはもうただのデートだ。男装してるとか関係ない。立華さんはめちゃくちゃかっこいい王子様だけど、同時に凄く可愛い女の子でもあるんだって俺は知っている。


 ────そこからの記憶は、正直ほとんどない。どんなポーズを取ったかも覚えてなかった。いつの間にか俺達は隣のお絵描きスペースに移動していて、立華さんも王子様に戻っていた。


「やっぱりこの二枚がいいね」


 立華さんが示したのは最初に撮った二枚だった。王子様の立華さんがぐいっと俺の肩を引き寄せている写真と、二人で控えめなピースを向けている写真。


 こうして見比べてみると、見た目は同じなのに別の立華さんだと分かる。表情や身体の使い方が微妙に違うんだよな。


「そうだね、俺もその二枚が良いと思う」


 なにせその他の写真は全然撮った記憶がない。緊張してよく分からないポーズを取ったり、立華さんにされるがままになっていた。到底世に出せる代物ではない。


 立華さんは備え付けのタッチペンを手に取ると、一枚目に何やら文字を書き込んでいく。


「…………友達?」


 青色のペンで大きく書き込まれたのは『友達!』という文字だった。立華さんはそのままペンの色をピンクに変えると、二枚目にも文字を書き込んでいく。


「よし、こんな所かな。他の機能はよく分からないから使わないでおこう」

「立華さん、何でこっちはハテナなの?」


 立華さんがピンクのペンで二枚目に書き込んだ『友達?』という文字。一枚目と二枚目の違いが分からず、俺は疑問をぶつける。


「こっちはボクだろう? だから『友達!』だ。二枚目はボクじゃないから『友達?』にしてみたんだ」

「なるほど……?」


 分かるような分からないような説明だった。俺ともう一人の立華さんはまだそこまで仲が良い訳じゃないし、何を話したらいいのかもよく分かっていない。確かに友達とは言えないかもしれない。じゃあ俺達の関係は一体何なんだろう。


「次に撮る時は、別の言葉が書き込めるといいね」


 立華さんが他の写真に文字を書きながら言う。関係性を表す言葉で「友達」以外の単語といえば「恋人」くらいしか思い浮かばなかった。でも流石にそれを書く事はないだろう。自慢じゃないが、立華さんが俺に惚れる要素なんて一つも思い浮かばない。


 もし次に撮る事があるとするならば、あっちの立華さんと撮った方にも『友達!』と書き込めたらいいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る