第33話 「あーん」

 服屋を後にした俺達はショッピングモール内のハンバーガーショップにやってきていた。お昼時という事もあって店内は空席を見つけるのもやっとという状況で、スタッフが忙しそうに動き回っている。俺達は何とか運よく空席を見つけ滑り込むことが出来た。


「夏樹は休日何をしているんだい?」


 立華さんがポテトを口に咥えながら言う。このお店のポテトはサイベリアのように細くてサクサクしているタイプじゃなくて、太いホクホクタイプだった。こっちはこっちで美味しいんだよな。


「休日かあ……何してんだろ。勉強して、何となく動画見たりゲームしたりしてたら終わってる感じかなあ」


 言っていて悲しくなる。これならサイベリアで働いていた方がまだ建設的だ。「高校生は青春しろ」という店長の気遣いを完全に無駄にしてしまっている。


 会話が広がるような返答を出来た自覚はなかったものの、立華さんは嬉しそうに口角を上げた。俺が無駄な休日を過ごしているとどうして立華さんが喜ぶんだろう。


「立華さんは何やってるの?」


 ハンバーガーを頬張りながら訊いてみる。ジューシーな肉汁が口の中一杯に広がって、咀嚼する前につい二口目をかぶりついてしまう。こりゃ美味しい。


「ボクも似たようなものさ。友達も夏樹しかいないしね」


 特に残念そうな様子もなく立華さんが言う。冗談みたいだけど、多分本当なんだよなこれ。ファンは沢山いるのに友達はいない、というのが立華さんが置かれている状況なんだと思う。


「え、あの人超かっこよくない!?」

「どうしよどうしよ、声掛けてみようかな私!?」


 俺達が座っている二人掛けの席は丁度レジに並ぶ人達の傍にあり、並んでいる二人組の女性が立華さんをチラチラ見ながら小声で話し合っていた。小声といっても、興奮しているのか完全に本人の耳に届くボリュームだった。


 てっきりスルーするのかと思っていたけど、立華さんは俺から視線を外して二人組の方へ顔を向けた。二人組が口元を手で隠してぴょんぴょんと小さく跳ねる。


「ボクの事だよね? ありがとう」

「あっ、あっ、そうです……! ごめんなさい勝手に騒いでしまって……!」

「構わないよ。君達みたいな可愛い子に噂されて悪い気はしないからね」


 うわあ…………凄いファンサービスするなあ。二人組が完全に撃沈してしまってる。他の客も立華さんの事が気になっていたのか、店内中が俺達のやり取りを横目で気にしていた。


「あ、あのっ……! 良かったらあっちの席で一緒に食べませんか……!? 勿論お友達も一緒にっ」


 完全におまけ扱いだった。まあ仕方ない、立華さんと比べたら俺なんて通行人Aだし。悔しいという気持ちにすらならない。


 どうするんだろうと立華さんに視線をやると、立華さんも俺を見ていた。何を思ったか、ポテトをつまんで俺に差し出してくる。


「ほら、あーん」

「!?」


 驚きの声は三つ重なった。女性二人組と、俺だ。


 立華さん…………一体何を!?


「夏樹、早く食べないと冷めてしまうよ?」


 そう言って立華さんはポテトを俺の口元に押し付けるようにしてくる。ここまで来てはもう食べるしかないので口を開けると、ポテトがするっと入り込んできた。味は全く分からない。


「…………そういう事だから遠慮させて貰うよ。今、大切な人と過ごしているから」

「はっ、はははははいっ! 失礼致しました!」


 二人組は逃げるように店の外に走って行ってしまった。

 …………注文しなくて良かったのかなあ。


「美味しかったかい、夏樹?」


 立華さんがニコニコしながら訊いてくる。


「ごめん、全然味は分からなかった。いきなりあんな事するんだもん」


 俺がそう言うと、立華さんは小さく笑った。


「それもそうか。ならもう一度やってみよう」


 ポテトが再び俺の口元に差し出される。この行為の意味を立華さんは分かっているのか。これは恋人同士でやるやつだと思うんだが。


「ほら夏樹、あーん?」


 …………まただ。また揶揄われている。立華さんはこれみよがしにキメ顔を俺に向けていた。悔しいけど、めちゃくちゃカッコいい。


「…………あーん」


 俺が食べるまで立華さんは止めないだろう。仕方ないので目を瞑ってポテトにかぶりつく。目を瞑ったのは恥ずかしくて顔から火が出そうだったからだ。


 ゆっくりと時間をかけてポテトを飲み込んでから目を開けると、立華さんが満足そうな表情で俺を見つめていた。


「本当に可愛いね、夏樹は」

「言ってる意味が全然分からないよ……」


 立華さんと一緒にいると、初めての事ばっかりだ。

 

 だからだろうか────こんなに胸がドキドキするのは。

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