第30話 まさかの初デート

 こうして俺は二人の立華さんと知り合った。


 俺はこれからきっと、ゆっくりと長い時間をかけて立華さんの事をもっと知っていくんだろう。立華さんだって俺の事を知っていくはずだ。歩くような速さで、俺達の仲は進展していく。そんな予感があった。


 ────のだが。


『今日、暇かい?』


 そんなメッセージで俺は目を覚ました。何が歩くような速さだ。立華さんは合図と同時にスタートダッシュを切るタイプだった。


 そんな訳で、俺は訳も分からないまま集合場所のとある駅に向かっている。立華さんが指定したのはこの付近では最も栄えている駅で、買い物をするならまずここで降りるよねという場所だ。三十分ほど電車に揺られ、目的地に辿り着く。


 『南改札の前で待っているよ』というメッセージが入っていたのでそっちから出てみると、立華さんはすぐに見つかった。


 …………というか、凄い事になっていた。


「え、あの人かっこいい……!」

「ヤバいヤバい、どうしよ写真撮って貰おうかな!?」


 なんと立華さんを遠巻きに取り囲むように人だかりが出来ていた。立華さんはその中心で壁に寄り掛かってスマホに視線を落としている。

 特筆すべきはその服装で、立華さんはグレーのシャツに細身の黒パンツという男にしか見えない格好をしていた。この場にいる誰も立華さんが女の子だとは思っていないだろう。


 立華さんが不意に顔を上げた。俺は丁度立華さんの正面にいたので、思い切り目が合ってしまう。


「やあ夏樹。急に誘って悪かったね」


 立華さんは俺に気が付くと、嬉しそうに笑顔を作って手を挙げた。周囲の女性たちが何事かと立華さんの視線の先を追い、結果的に俺が注目の的になってしまう。慣れていないので身体に緊張が走る。


「う、うん。予定はなかったから大丈夫」


 ああ……噂されている。周囲を取り囲む女性たちが、俺達を見てひそひそ話をしているのが全身で感じられた。一体何を言われているんだろう。どんなイケメンと待ち合わせしているのかと思ったら芋臭い高校生が来た、とか言われてるのかなあ。


 まあ事実だしなあ……立華さんの隣を歩くのは中々ハードルが高い。


「それは良かった。実はね、今日は服を買いに来たんだ。是非とも夏樹の意見が聞きたくてね」

「服?」


 聞き返すと、立華さんが身体を寄せてくる。顔がどんどん近づいて来て、耳元でピタッと止まった。周りの女性が何人かアラームみたいな叫び声をあげる。


「…………女の子の服をね。実は持っていないんだ」

「ああ、なるほど」


 俺は今の状況に合点がいった。立華さんは長い間こっちの性格だけで生きてきたから、女性用の服を持っていない。だから今日も男装で来ていたのか。


 しかし、これは困った。まさかそんな用事だとは。


「…………俺、女の子のファッションなんて全然分からないよ? 雀桜生に聞いた方がいいんじゃないかなあ」


 どういうのが流行ってるとか全く分からなかった。絶対に女の子の意見を聞くべきだと思う。


 俺の言葉を聞いて、立華さんがキョトンとした顔になる。そしてすぐにニヤッと笑みを浮かべた。


 あ、なんか攻撃される予感。


「何を言ってるんだい? 夏樹にしか見せないんだから、夏樹の意見を聞ければ問題ないじゃないか」

「え、ええ……?」


 俺にしか見せないってどういう……?


「そもそも、ボクのワンピース姿を見たい雀桜生なんて一人もいないさ」


 特にショックを受けている様子もなく立華さんは言う。聞いている俺の方が気まずさを感じるくらいだった。本人が気にしていないから俺も気にしないけどさ。


「そういう訳だ。今日はよろしく頼むよ」

「え、ちょっ!?」


 立華さんが────俺の手を引いて歩き出す。周囲から黄色い歓声が漏れ出した。どうして男同士が手を繋いでいるのに興奮しているんだ周りの人は!? いや立華さんは本当は女の子だけどさ!?


 ツッコミが全然追いつかない。確かなのは、俺は今立華さんと手を繋いでいるという事だけだった。


「ちょっと立華さんっ、手っ」

「何か問題あるかい? 一応ボクはデートのつもりで誘ったんだけどね?」


 立華さんは俺を揶揄う時特有の、意地の悪い表情を浮かべていた。本当に質が悪い。軽い気持ちでやっているのかもしれないけど、その行為がどれだけ俺をドキドキさせるか立華さんは分かっていないんだ。


「いやあるかと言われたら何とも言えないけどっ」


 …………というか、初めて女の子と手を繋いでしまった。それがまさか立華さんだなんて全く予想していなかった。細い華奢な手が、しっかりと俺の手に絡みついている。


「なら問題ないね。見てごらん夏樹、周りの人が皆びっくりしているよ」

「そりゃそうだよ……絶対男同士だと思われてるもん」


 もし雀桜生に見られたらと思うと、下腹部がきゅっとした。はっきり言って怖すぎる。


「今時、珍しくもないと思うんだけどね。男同士のカップルなんて」

「それはそうかもしれないけどさ」


 その片方がとんでもないイケメンだから、皆見てるんじゃないかな。

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