第29話 この夜を俺はきっと忘れない
立華さんに連れられて向かった先は近くの公園だった。ポツポツと点在する街灯と遠くに一つだけ見える自動販売機の明かりが、薄っすらと俺達の輪郭を照らし出している。座れる場所がそこしかなかったので俺達は屋根付きのベンチに腰を降ろした。
「えっと……話って何かな?」
話があるのは俺のはずだったのに、気が付けば聞く側に回っている。ただ、何となく同じ話のような気はした。
「そうだね…………いや、ボクではないか……」
立華さんにしては珍しく歯切れが悪い。小さく口の中で呟いた声は普段なら聞こえないんだろうが、今は静寂に包まれた公園の中。はっきりと俺の耳に届いた。
俺は反射的に背筋を伸ばす。きっと今、立華さんは勇気を振り絞っている。そんな気がしたんだ。
立華さんが大きく深呼吸をする。そして、口を開いた。
「…………えっと」
立華さんの雰囲気が変わった。イントネーション等の僅かなニュアンスだけでそれが伝わった。
「こうして改まると、やっぱり緊張するね」
立華さんがはにかんだ。
…………不思議な感覚だ。覚悟してはいたけど、それでも違和感が凄い。
「久しぶり……で合ってるよね?」
「うん。あの時はありがとね、夏樹の言葉は凄く嬉しかったよ」
もう今更、疑問も説明も必要ない。お互いにそれは分かっていた。
「それにしては、中々打ち明けてくれなかった気がするけど」
わざとらしく拗ねたように言うと、立華さんは小さく笑った。空気が少し軽くなる。
明るくいこう、そんなメッセージがちゃんと立華さんに届いたみたいだ。
「夏樹に受け入れて貰えるか自信がなくて。ほら、もう一人の私ってカッコいいでしょう?」
「そうだね、あんなにカッコいいのはちょっと反則だと思う」
心地良さと、むず痒さと、少しの気不味さ。
その三つがないまぜになって心の中に同居していた。早くこの瞬間が終わって欲しいような、ずっと続けていたいような。
「それで言ったら今も見た目はカッコいいけどね」
「それ、よく言われる」
誇らしげに立華さんが笑い、釣られるように俺も笑う。自虐しているようで面白かった。
二人で笑い合った後、立華さんが真剣な表情になる。
「…………ちょっとだけ、真面目な話をしてもいいかな?」
「うん。何でも聞く準備は出来てる」
ここからが本題だ。俺は立華さんがどういう人なのか全く知らない。それを教えてくれるのなら、これ以上に嬉しい事はなかった。立華さんともっと仲良くなれるんだから。
「あんまり身構えないで聞いてくれると嬉しいかな。何か深い事情とかトラウマがあってこうなってる訳じゃないからね」
「あ、そうなんだ」
正直、そういう可能性もあるのかなと思っていた。
「多分、聞いたら拍子抜けしちゃうと思う。それでも聞いてくれたら嬉しい」
「大丈夫。立華さんの事をもっと知りたいから」
「あはは…………ありがと」
立華さんが恥ずかしそうに頬を赤く染める。新鮮過ぎる反応に、俺まで顔が熱くなった。
◆
それから俺は、立華さんがどういう人生を歩んできたかを聞いた。やっぱり立華さんは小さい頃から飛びぬけてカッコよかったみたいで、そういう環境が皆がよく知る立華さんのキャラクターを作ったらしい。今ではどっちも本当の自分なんだと立華さんは言う。
話を聞いた上で…………分からない事が一つだけあった。
「女の子の方の立華さんは、どうして今になって出てきたの?」
どうやら俺は勘違いをしていたみたいだった。俺はてっきり女の子の方の立華さんは何かに悩んで苦しんでいたのだとばかり思っていたけど、寧ろその逆で、いつもの立華さんが表に出る事で上手くやっていたらしい。その事に対して何の不満もなかったと言っていた。
「…………それが言えれば苦労しないというか何というか……察しろばか」
立華さんは俯いてひっそりと言葉を落とす。今度は全然聞こえなかった。
「あ、言いたくない事なら全然大丈夫だからね? 単純に疑問だったから聞いちゃったけど」
態度から察するにまだ言えない事情があるみたいだ。雀桜でも大きな溜息をついていたと聞いているし、きっと根が深い問題なんだろう。いつかそっちも打ち明けて貰えるようになれたら嬉しいな。
◆
────そっと時計を確認するともうすぐ22時。高校生は補導対象になる時間だ。
「立華さん、そろそろ────」
「そうだね。行こうか」
ドラマのワンシーンのような流麗さで立華さんがベンチから立ち上がった。
…………ホント、一瞬で分かるなあこの人は。
「夏樹、女の子の扱いはまだまだ勉強不足だね?」
立華さんが振り返って、俺に爽やかな笑顔を向ける。
「俺、何か不味い事言っちゃったかな?」
途端に不安になる。立華さんの言う通り、女の子にどう接すればいいかなんて全く分からなかった。
「うーん……もう一歩、って所かな。そっちに関してはボクが夏樹の教育係だね」
「立華さんに教えて貰えるなら心強いよ」
立華さんの隣に並んで、駅に向かって歩き出す。まだ謎はあるけれど、俺達の間にあったモヤモヤが全て吹き飛んだような、晴れやかな気分だった。
程なくして駅に辿り着く。改札の前にはもう流石に高校生の姿はなく、数人のサラリーマンが立っているだけだった。
「夏樹、今日は本当にありがとう。聞いて貰えてスッキリしたよ」
「こちらこそ。これからも仲良く出来たら嬉しい」
「当然さ。二人共々よろしくお願いするよ。向こうのボクもまだまだ話し足りないようだからね」
それなら良かった。別れ方が別れ方だっただけに、嫌われてしまったのではないかと不安だった。
「それじゃあ立華さん、また来週」
改札に向かう。すると、立華さんが呼び止めてきた。
「待ってくれ夏樹。別れる前にもう一人のボクからの言葉を伝えるよ」
言いながら、立華さんが俺の肩に手を置いた。そして耳元に顔を近付けてくる。反射的に心が跳ねた。
「────カッコよかったよ、夏樹」
イケボが脳天まで響いた。瞬間的に俺は女の子になってしまう。
茫然とする俺を置いて、立華さんが改札の向こうに消えていく。小さくなっていく背中を、俺はぼーっと見つめる事しか出来なかった。
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