第31話 可愛いと思われたくて
俺達は駅前にあるショッピングモールにやってきた。立華さんはどこに何があるかを把握しているようで、フロア内をすいすい進んでいく。どうやら目的の店が既に決まっているらしい。
俺は立華さんに手を引っ張られながらも、その事を忘れてしまうくらい他の事が気になっていた。
…………それは周りの人の視線だ。
こうして手を繋いですぐ傍にいると、立華さんが普段からどれだけの人に見られているのかを実感する。すれ違いざまに視線を送ってくるスーツ姿の女性、あからさまに歩くスピードを落とす女子高生二人組、驚いたように顔を二度見する若い男性……挙げればキリがなかった。
あからさまじゃないからこちらは気付いていないと思っているんだろうけど、見られている側は結構分かるものなんだな。
「どうしたんだい夏樹? さっきからきょろきょろして」
「いや、ちょっとね……」
俺が言いにくそうにしていると、立華さんが「ああ」と声を漏らした。
「すぐに気にならなくなるよ」
「そうかなあ……そうは思えないけど」
正直、気になって仕方なかった。見られる事への耐性が俺と立華さんでは段違いだ。
「そんな事よりね、夏樹。もっと気にしないといけない存在が目の前にいると思わないかい?」
立華さんがくるっと反転して俺と相対すると、どんどん顔を近付けてくる。とんでもないイケメンが急に目の前に現れて胸がトキメキそうになった。
…………そんな事は絶対ありえないんだけど、一瞬キスされるんじゃないかと思ってしまった。
「ほら、気にならなくなっただろう?」
とんでもない荒療治。でも、確かに気にならなくなった。立華さんという圧倒的存在の前では、他の人はモブに成り下がってしまうんだ。
ああもう…………絶対顔が赤くなってる。立華さんといると色んな意味でメンタルが持たない。昨日から、立華さんが女の子だって事を強く意識してしまっている。それがどうにも良くなかった。
「おや、顔が赤いようだね。もしかして照れているのかい?」
「いやそれは仕方ないって。可愛い女の子が急に顔を近付けてくるんだもん」
「っ、…………なるほどね、そういう手で来るつもりか夏樹は」
立華さんがまた横並びに戻ってくる。ぎゅっと強く手を握られて、ちょっと痛かった。
◆
立華さんに連れられてきたのは読めない店名のお洒落な女性服店だった。何となくフランス語っぽいけど自信はない。店頭にはポーズをキメたマネキンが飾られていて、いかにも夏らしい涼し気なワンピースを身に纏っているから俺は驚いた。世間はもう夏服を売り出しているのか。
店内に入ると、お洒落なパンツスタイルの女性店員がこちらに歩いてくる。やはり立華さんを見て一瞬表情が固まった。その後、繋がれた手を見てもう一度固まる。お騒がせして本当にすみません。
「いらっしゃいませ。…………どういった服をお探しでしょうか?」
店員さんはあからさまに困惑していた。そりゃそうだ、レディースのお店に手を繋いだ男性二人がやってきたらびっくりもするよ。まだ男一人なら「彼女へのプレゼントかな?」と思えそうなのに。
「ボクに似合う春服を探しているんです。彼に可愛いって思って貰えるような」
「えっ……へえ……!?」
店員さんがおよそ客商売で出してはいけない声をあげて、立華さんを見た。
…………きっと店員さんの頭の中では、色々な思考が猛スピードで渦巻いているはずだ。立華さんは女の子なんですと教えてあげたい所だけど、助け舟を出せるほど俺も冷静ではなかった。立華さんの台詞が余りにも直球過ぎたからだ。急ピッチで顔の熱を冷ます努力を始める。
「えっと…………はい、畏まりましたっ。良ければ色々試させて下さい」
立華さんは身長こそ高いけど、体つきや指先、目元や肌などによく注目すれば女性だという事は分かる。店員さんは最終的に「立華さんは女の子だ」と判断したようだった。自信はなさそうだったけど。
「よろしくお願いします。ほら夏樹、行こう?」
俺の手を引いて立華さんが歩きだす。色々と恥ずかしい事の連続で今すぐ逃げ出したい気分だったけど、立華さんが女性らしい服を着るのは流石に気になり過ぎる。
周りはどう思っているのか知らないけど、立華さんは雀桜の制服だってとても似合っている。可愛い系の服も絶対似合うはずなんだよな。今度普通にサイベリアのメイド服を着て貰いたいとすら思うけど、これは本人には絶対言えない。
「メイド服姿が見たい」だなんて、流石に変態すぎるもんね。
「こちらなどいかがでしょうか?」
店員さんが勧めてきたのは白いワンピースだった。女性のファッションに詳しくないのでどう表現したら分からないが、割とシンプルなデザインだと思う。
「夏樹はどう思う?」
立華さんが俺に意見を求めてきた。何も分からないので、正直に答える事にする。
「うーん……着てみないと分からないかも」
やはりサイベリアのスーツ姿や今の男装のイメージが脳内にあるから、白いワンピースと立華さんを頭の中で融合させる事が出来なかった。立華さんは俺の手をそっと離すと、ワンピースを両手で受け取った。
「なら試着してみようか。大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。ではこちらの試着室でお願い致します」
「行ってくるよ、夏樹」
立華さんが試着室に消えていき、少しの間、俺と店員さんが二人きりになる。
「…………」
店員さんが色々な想いがこもってそうな視線を向けてきたので、俺はそっと首を縦に振った。「女性ですよね?」「はい、そうです」そんな会話が成立した気がする。いや、本当に凄いですよね立華さんって。
一分ほど衣擦れ音が響き、試着室のカーテンが開く────
「えっと…………どう、かな……?」
────恥ずかしそうにそっぽを向いた立華さんが、そこには立っていた。
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