第22話 立華一織の心の中
「あわわわわ~! 一体どうすればー!?」
古林さん、三日目の出勤。
そろそろいいかなと思ってレジをやって貰ったけど、まだ早かったかもしれない。誰もが立華さんのように一度見ただけで完璧に出来る訳じゃないか。
「落ち着いて古林さん。電子マネー支払いの時はこのボタンを押せば大丈夫だよ」
「は、はいぃぃ……!」
「あはは、りりむめっちゃ緊張してるね」
今回のお客様は古林さんのお友達なので、あたふたしている古林さんを笑って眺めている。誰かがバイトを始めるとバイト先に遊びに行くのは女子も同じなんだな。
「ミク、ちょっとスマホやってみてー?」
「はいはい……あ、出来た」
お友達がスマホをかざすと、支払い完了の音が鳴った。自動的にレシートが排出される。
「良かった~! 初レジ成功!」
古林さんが嬉しそうに飛び跳ねた。およそ勤務中の態度ではないが、今回は見逃してあげる事にしよう。
「じゃああとはレシートを渡してね」
「はい、レシート!」
「りりむ、それ他の客にはちゃんとやらなきゃダメだよ?」
「分かってるよー♪」
本当に分かっているのか不安だなあ。雀桜生以外の前に出すのはもう少し後の方が良さそうだ。
「じゃあ…………えっと、山吹さん。りりむをよろしくお願いします。この子、結構山吹さんの事を信頼してるみたいなので」
「え、そうなの?」
態度からは全然そんなものは感じられないけど……。
「ちょーっ!? 余計な事言わないでって! 帰った帰った!」
古林さんがしっしっ、と手で追い払う。二人はまだ入学して二か月くらいのはずだけど、本当に仲が良いんだろうな。
「はーい。じゃあまた明日ね」
軽く手を振って、古林さんの友達は帰っていった。古林さんは離れていく友達の背中を窓越しにじっと眺めている。口ではああ言っていても、少し寂しそうだった。
「古林さん、レジはどうだった?」
「え、えと…………まだちょっと難しいかなって……」
「俺も同意見。もう少し俺や立華さんの隣で勉強してからにしようか」
「私、一織様に教わりたいです!」
途端に目をキラキラさせ始める古林さん。視線の先では立華さんがテーブルを片付けている。俺達が見ている事に気が付くと、微笑みながら手を振ってきた。なんだあの神対応は。
「はわぁ……眼福……」
古林さんが勤務中とは思えない声を漏らして立華さんを拝み始める。
「古林さんは立華さん目当てでサイベリアに応募したの?」
「勿論です! 山吹夏樹! …………センパイから一織様を守れるのは私しかいないですから!」
「なるほど、そういう理由だったんだ」
つまりは蒼鷹祭から始まった一連の噂を信じて、大胆な行動に出たという訳か。スーツ姿の立華さんを観にサイベリアに来てくれている雀桜生とはまたちょっと違うタイプのアクティブなファンらしい。
「だから俺の事が嫌いなんだね」
「その通りです! ファンクラブでも山吹夏樹センパイの名前は最重要警戒人物として広まってますから」
「わあ、何か不安になってくるな」
「あ、でも直接何かをするのは禁止されてるので大丈夫だと思います。最近変わったんです」
「それなら良かった」
流石にお店に迷惑がかかったりすると困るから、そういうのがないなら一安心だ。嫌われるだけなら大した問題はない……ような気がする。
いやまあ、ショックはショックだけどさ。
「…………ところで、さっきお友達が古林さんは俺の事信頼してるって」
言いかけた所で、古林さんが身体をビクッと震わせた。サイドテールの髪がぶるんと揺れる。
「そ、それはミクが勝手に言ったんですっ! 別に優しいから頼りにしてるなんて事は無いですからね!」
古林さんがダッシュで逃げていく。逃げた先には立華さんがいた。まるで子犬みたいに周りをくるくる回っている。
◆
ボクの視線の先には、レジで楽しそうに話す夏樹とりりむがいた。
「ん~……なんだかなあ。何だろうなあ、この気持ちは」
ボクはお客様に捕まる事が多いから、自然と夏樹がりりむの教育係のようになっている。それに文句はない。逆の立場だったらボクだってそうするだろう。
頭では分かっている。でも、心は別だった。
「…………まさかボクがこんなに嫉妬深い人間だったなんてね」
自分の中にそんな感情がある事にびっくりした。これまで誰かを好きになったことなんてなかったから。ボクは誰にでも平等に輝きを振りまく存在だと、そう思っていた。
「一織様~! 私、レジやりましたよー!」
りりむが向こうから走ってきた。嬉しそうにボクの周りをくるくると回る。
「そうかい。成長しているね、りりむ」
「はい! でもまだ不安なので一織様の隣でレジ見ててもいいですか?」
「構わないよ。ゆっくり覚えるといい」
りりむから視線をあげれば、夏樹がレジの所からボク達を眺めていた。
…………ボクを見ているのかな?
…………それとも、りりむ?
そんな事が、気になってしまう。どうしたらいいのか自分でも分からなかった。
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