第20話 立華一織の独り言
ホールに出た俺達は早速古林さんの教育を開始しようと思ったのだが、立華さんはいつものようにお客様の雀桜生に捕まってしまった。自然な流れで俺がメインで教える事になってしまう。
…………お客様も雀桜生、新人も雀桜生。まさに前門の虎、後門の狼だった。
「…………古林さん、いいかな?」
「がるるるる……!」
古林さんが八重歯を見せて威嚇してくる。サイベリアの女性ホールスタッフのユニフォームであるメイド服に身を包んだ古林さんは可愛くて、正直全然怖くはなかった。
「ダメだよ古林さん。ホールに出たら常にお客様に見られている意識を持たないと」
「あぅ……すいません」
古林さんは意外と素直だった。初めてのアルバイトって言ってたし、内心では緊張しているのかもしれない。もしくはメイド服が恥ずかしいのかも。
「普通にしていれば大丈夫だから。お客様は雀桜生が多いしリラックスしていこう」
「はい……分かりました」
「ほら、笑顔笑顔」
「あはは……」
俺が笑顔を作ると、古林さんも笑ってくれた。まだちょっとぎこちなかったけどすぐに慣れるだろう。根は元気な子みたいだしね。
古林さんを連れて一通りホールを案内していると、対応を終えた立華さんが様子を見にやってきた。
「夏樹、調子はどうかな?」
「立華さん。営業ありがとね」
「構わないよ。来てくれるのは皆いい子達だからね」
さらっとキザなセリフを言っても全く違和感がないのは立華さんの凄い所だ。お陰で古林さんが頬を染めて見惚れている。
立華さんは腰を落として古林さんに目線を合わせた。20センチくらい身長差がありそうだ。
「りりむ、夏樹の言う事をよく聞くんだよ。ボクも夏樹に教えられたんだ……手取り足取り────色々なコトをね」
「ちょっ!?」
立華さんがわざとらしい演技で、恥ずかしそうに顔を逸らす。それを見た古林さんが涙目で俺を睨んできた。ケダモノを見る目だ。
「ぴゃーーーーっ!? センパイ、最低です!」
「違うから! 何もやってないからね!? ちょっと立華さん、古林さんで遊ぶのは止めてくれるかな!?」
俺の必死の懇願も空しく、立華さんに反省の色はなかった。涼しい顔でお客様の元へ戻ってしまう。
「ちょっとくらい遊んでもいいじゃないか──暫くはりりむに夏樹を取られそうだからね」
いつもハキハキと話す立華さんには珍しい小さな声は、店内放送の音楽に掻き消されて俺の耳には届かなかった。
◆
「山吹夏樹めぇ……! 私たちの一織様をたぶらかして……!」
「妬ましい……ああ、妬ましい……!」
…………お客様の会話を盗み聞きするのは良くないけど、流石に今の発言は見過ごせないな。
「ボクが誰のものだって?」
「「!?」」
まさか話しかけられると思っていなかったんだろうね。二人とも目を丸くしていた。
「あっ、い、一織様……!」
「え、えっとその」
「二人とも、来てくれてありがとう。水、おかわりいるかい?」
二人のグラスは空になっていた。本当はセルフサービスだけど、今なら持ってきてあげてもいい気分だった。
「だ、大丈夫です! お構いなく!」
「そうかい。ところで、二人の会話が聞こえてしまったんだけど」
何となく雰囲気を察したのか、二人は背筋を伸ばして顔を強張らせてしまった。
…………困ったな、怖がらせるつもりはなかったんだけどね。
「安心して、別に怒ってはいないよ。二人の気持ちも本当に嬉しく思ってるんだ」
「ほ、ほんとですか……?」
「勿論だとも。こうして店に来てくれる可愛い子の事を嫌いになんてなったりしないさ」
ボクの言葉に、二人はあからさまにほっとした様子を見せた。とりあえずは一安心かな。
「ただね、夏樹はボクにサイベリアの仕事を教えてくれた恩人なんだ。ボクの大好きな雀桜の皆が、ボクの恩人の事を嫌っていたら……それは少し悲しく思う」
蒼鷹祭での事は、正直反省していた。まさかここまで夏樹が注目されてしまうなんて思っていなかったんだ。
りりむの件もそうだが、夏樹に迷惑をかけてしまうのはボクの望む所じゃない。後先を考えず心のままに行動してしまったボクの未熟さが今は憎らしいよ。
ただ────こうなるのが分かっていたとしても、ボクはやっぱり夏樹の元に駆け寄ってしまっただろうけど。
…………それくらいカッコよかったんだ、あの時の夏樹は。
「そうですよね……ごめんなさい。私達、一織様の気持ちなんて全然…………」
「分かってくれたならいいんだ。だからそんなに悲しい顔をしないで」
椅子に座っている二人に目線を合わせる為に膝を折る。優しく頭を撫でてあげると、二人の顔から雲が晴れていった。
「わっ……ゆ、夢みたいです……!」
「あのっ! 私達、友達にも今日の事言いますね! 恨んだりするのはよくないって!」
「ありがとう。そうしてくれるとボクも助かるよ」
立ち上がってテーブルを離れようとすると、か細い声がボクを呼び止めた。
「あの……一つだけ聞いてもいいですか……?」
「何だい?」
振り向くと、声の主は小さく震えながら上目遣いにボクを見つめていた。目には涙が光っている。
「一織様って……山吹夏樹、さんの事……好き……なんですか……?」
一瞬、ドキッとした。改めて言葉にされるとね。
「もしそうだったとしたら、嫌かい?」
「…………はい。ごめんなさい、一織様……」
「謝らないでいい。大丈夫、きっとそんな事にはならないから」
中々…………応援されそうにないな、この気持ちは。
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