第19話 小動物は祭りの後にやってくる

 大盛り上がりの末に幕を閉じた蒼鷹祭。見事優勝を果たした我らが1組には色々な変化が待ち受けていた。


 まずはクラスメイトに訪れた変化だ。なんと、何人かが雀桜生との連絡先交換に成功していた。リレーの3走として見事4組の中村をぶち抜いた日浦は凄くて、5人と連絡先を交換する事が出来たらしい。そのうちの誰かと彼氏彼女の関係になれるかは分からないが、心の中で応援しておく。


 次に俺に訪れた変化。これがまたとんでもなかった。


 リレーのアンカーとして見事1組を優勝に導いた俺はなんと────


 ────ほぼ全ての雀桜生から目の敵にされていた。


 一体どうしてこうなってしまったのか…………全ての原因は立華さんにあった。


 蒼鷹祭大トリ、クラス対抗リレー。最も注目が集まるその競技の終わりに、立華さんはトラック上にやってきた。ゴールで倒れている俺に手を差し伸べてくれたのだ。アドレナリンがどばどば出ていた俺は、その手を取り立ち上がった。


 立ち上がった俺の目に飛び込んできたのは────呆気に取られた表情で俺達を見つめる蒼鷹生たち。そして、信じられないものを見たような表情で俺を睨みつける雀桜生たちの姿だった。背筋が凍ったのを昨日の事のように思い出せる。


 後日サイベリアで立華さんから聞いた話によると「蒼鷹高校2年1組 山吹夏樹」は現在雀桜高校で最も嫌われている存在らしい。サイベリアで働いている事までバレているようで、最近はお客様から睨まれる毎日を送っている。


 次に、立華さんについてだ。

 

 今から語る事は完全に俺の主観なので確証はない。

 その上で聞いて欲しいのだが…………最近、立華さんが女の子にしか見えない時がある。


 『雀桜の王子様』の二つ名を持ち、全雀桜生を魅了している超絶イケメン。


 どんな時でも誰の前でも、一分の隙すら覗かせない完璧超人。


 ついに実物を拝見した蒼鷹生達ですら、口を揃えて「かっこよすぎて恋愛対象にはならないかも……」と語るほどの圧倒的オーラ。


 そんな立華さんが────最近どうにも可愛くて仕方ない。


 これについてはとあるエピソードがあるのだが────それを語るには、まずはサイベリアにやってきた新しいバイトを紹介する必要がある。



 それは蒼鷹祭から一週間ほど経った、小雨の降る日だった。


「雀桜高校1年、古林こばやしりりむです! アルバイトは初めてです! よろしくお願いします!」


 サイドテールにした栗色の髪が、お辞儀に合わせてふわっと揺れた。

 第一印象は小さくて元気なウサギ。そんな感じの女の子が新しくサイベリアで働くことになった。


「約束通り新しい子を採用した。りりむは物凄い熱意の持ち主でな、どうしてもサイベリアで働きたいと直接私に頭を下げて来たんだ。皆、仲良くしてやってくれ」


 店長が真面目な顔で言う。因みに店長が真面目な顔をしている時は大抵ロクでもない事を考えているので、俺はあまりいい予感がしていなかった。


 店長は俺と立華さんの方に視線をやる。


「同世代の夏樹と一織。二人をりりむの教育係に任命する。最近は忙しい日が続いているからな、二人で連携してりりむを一人前にしてやってくれ」


 …………いやな予感というのは、どうしてこうも当たるのか。


「これは……ついにボクも一人前として認められたという事かな?」


 立華さんは教育係に任命されて少し嬉しそうだった。最近は立華さんのちょっとした表情の変化が分かるようになっていた。


「あっ、あのっ……! わ、わたし……一織様の大ファンなんです! 是非仲良くして下さい!」


 古林さんは頬を真っ赤に染めて立華さんの前にやってくると、勢いよく頭を下げた。ウェーブがかった髪が不規則に揺れ動く。


 立華さんが告白されている光景はもうサイベリアでは日常風景なので、他のメンバーは特に反応したりしない。


「よろしく、りりむ。優しく教えてあげるから安心するといい」

「は、はうっ……! 分かりましたぁ……!」


 古林さんの目がハートマークになっていた。俺は嫌な予感を更に強める。最近は雀桜生を見ると身体が強張るようになってしまった。


 立華さんが手で俺を示した。嫌な予感、MAX。


「りりむ、紹介しよう────彼がキミのもう一人の教育係、山吹夏樹。頼りになる男だから困った事があったら夏樹に言うといい。僕よりも先輩だからね」


 反射的に会釈をすると…………返ってきたのは棘のような視線だった。今までとはまるで別人。やっぱりこうなるのか。


「山吹夏樹……センパイ。私────あなたの事が嫌いです!」

「ぶっ!!」


 俺に向かってべーっと舌を出す古林さんを見て店長が吹き出した。小さな身体で敵意を精いっぱい表現する古林さんに視線をやりながら、俺は心の中で溜息をつくのだった。

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