第16話 騎馬戦(後)

 戦場に到着した頃には騎馬は5騎まで減っていた。そして2組と3組の最後の1騎同士が今、目の前でもつれ合っている。


「お、ラッキー! どっちも取っちまうぞ!」


 日浦が横をを突くように突進する。俺は精いっぱい両手を伸ばし、もつれ合って動けずにいた2騎の帽子を奪い取った。


「よしッ取った!」

「ナイス夏樹!」


 まさに漁夫の利。

 これで残りは1組が2騎と、4組のエース騎馬だけ。俺達が断然有利だ。


「おい夏樹、今までどこいたんだよ。全然見かけなかったぞ」


 残りの騎馬の騎手は颯汰だった。俺達は自然と集合し、エースに相対する。


「ちょっとその辺を散歩してたんだ。お陰で体力は有り余ってるよ」

「マジか。俺らはぶっちゃけもう限界。作戦どうする?」


 4組のエース騎馬は、5メートル程先で王者の風格を放ちながら俺達を待ち構えていた。もう間もなく最後の戦いが始まる。


「…………颯汰、もう限界なんだよね? じゃあ思いっきり正面からぶつかってくれないかな。もみくちゃになってる所を俺達が横から突くよ」


 さっきの作戦と同じだが、きっとこれが一番強い。二方向から攻められてはいかに運動部のエースといえど対応は出来ないはず。


「オッケー。どれくらい耐えられるか分からないけど、やれるだけやってみるわ」


 俺達は拳をぶつけ合い────そして走り出した。


「いくぜえええええええええええっ!!!!」


 颯太が雄たけびをあげながらエース騎馬に突撃していく。ぶつかる直前にチラッと雀桜生の方を確認したのが微妙にダサかったけど、今は唯一の頼りだった。


「俺達も行こう!」

「よしきた!」


 俺達は円を描くようにエース騎馬のサイドに付ける。眼前では颯汰が必死の形相でエースの猛攻を耐えていた。見た感じあと5秒も保たなそうだ。


「俺達も突っ込もう!」

「おらああああっ! 死ねや中村ァあああああああああ!!!!」


 日浦の咆哮が晴天にこだました。

 …………もしかして日浦と中村は仲が悪いんだろうか。それとも、仲が良いから故のじゃれあいか。


 考える暇はなかった。


 怪我の可能性など何も考えていない日浦の全力疾走が、エース騎馬を横から思い切り突く。硬い物にぶつかる感覚が全身を襲い、きっと交通事故ってこんな感じなんだろうなと頭の片隅で思った。すぐに我に返る。


 エース騎馬の帽子は目の前だった。丁度騎手の佐藤が颯汰の帽子をぶんどった所で、佐藤は完全に前のめりに体勢を崩していた。いくら鍛えていようとあそこからアクションは出来ない。完全にチェックメイト────


 ────のはずだった。


「甘いんだよ1組ィ!!!」

「!?」


 佐藤が選択したのは────前方向だった。なんと体勢を崩して落下した颯汰の代わりに1組の騎馬に飛び乗ったのだ。何が起きたのか分からず、俺は思考がフリーズする。


 そして…………致命的なまでに俺は重心が前にかかってしまっていた。手を伸ばせば帽子が取れると確信していたのだ。


 俺が必死に身体を後ろに戻す前に────佐藤の手が素早く俺の頭上を一閃した。


『試合終了ッ!!!!! 騎馬戦…………優勝は4組! おめでとうございます!』



「え、今のめっちゃ凄くない!?」

「ね、ダンスみたいだった!」

「今の撮ってた人いる!?」


 …………会場中から大きな拍手が起こった。それらは全て4組に向けられたものだった。失意のまま、俺達は騎馬状態を解く。


「…………ごめん、俺のミスだ」


 自然と頭が下がった。皆は俺を信じてくれたのに、勝たせる事が出来なかった。


 俺が頭を上げられないでいると、肩に熱い感触があった。これは……手?


「気にすんなって夏樹。あれはちょっと佐藤がキモすぎたわ。つかあれ反則だろってなあ?」

「いやマジでそれ」

「作戦は良かったと思う。これは騎馬についてルールを明確にしていない運営側の落ち度だよ」


 顔を上げると、騎馬を組んでくれた三人が傍で俺を慰めてくれていた。痛い思いをしたのは三人なのに、俺に文句の一つも言ってこない。


 …………涙が出そうだった。


「うん、ごめん……いや、ありがとう」

「おう! それにな、結局蒼鷹祭は最後のリレーで勝ちゃなんとかなんだよ。ちょっと中村に宣戦布告してあいつを3走、佐藤をアンカーにして貰ってくるからよ。リレーで4組にリベンジしようぜ」


 そう言うと、日浦はエース騎馬の元に歩いていった。仲の良さそうな雰囲気で何かを話し、たまに俺の方を指差す。


 程なくして日浦が戻ってきた────物凄い笑顔で。


「夏樹がブチ切れて佐藤と勝負したがってるって言っといたから。多分、ヤレるぜ」

「ええっ!? どうしてそんな根も葉もない嘘を!?」

「その方が気合い入るだろ?」


 日浦の言っている事はめちゃくちゃだった。でも、何故か納得してしまった俺がいた。


「…………そうかも。ありがとう皆、絶対リレーでリベンジしよう」


 ────立華さんは、騎馬戦での俺を見てどう思っただろうか。


 逃げ回ったあげく最後はしてやられた俺を、きっと格好悪いと思っただろう。


 約束を破ってごめん。

 でも、絶対にリレーで勝つから。


 だからもうちょっとだけ、俺を見ていて欲しい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る