第14話 蒼鷹祭、開幕

 俺は一瞬でクラスメイトに囲まれてしまった。助けを求めて颯汰の姿を探すも、なんと俺を背中から掴んでいるのがその颯汰だった。


 友よ、お前もか。


「────夏樹」


 クラスメイトを代表するように学級委員長の羽田が一歩前に出た。おかっぱ頭に黒縁眼鏡という、いかにも勉強が出来そうな見た目なのに頭が悪いという珍しい奴だ。しかしその代わりにあふれ出るユーモアセンスでクラスをまとめ上げている我がクラスのリーダー。


「分かるよな。俺達が聞きたいのはたった一つのシンプルな答えだ」


 羽田はよくアニメや漫画の台詞を引用して喋る。今の台詞も何か聞いた事がある気がした。


「さっきのとんでもないイケメンは────夏樹の彼女なのか?」

「違うよ」


 即座に否定する。俺と立華さんが付き合っているというのはあまりにも現実離れした邪推だった。


 …………そもそも立華さんって男に恋愛感情あるのかな。その辺、よく分かっていなかった。


「立華さんはただのバイト先の知り合い。そして聞いての通り、蒼鷹祭に雀桜の女の子が来てくれたのは立華さんのお陰なんだ」


 そもそも来てくれなくなったのが立華さんのせいだという話もあるけど、それは口にしない。雀桜生が立華さんを選んだというだけの事だ。


「つーかさ、つーかさ! 『雀桜の王子様』めちゃくちゃヤバくなかった!? 芸能人かと思ったんだけど!」


 誰かが言う。すると、それを皮切りにそこかしこがざわつき始める。


「いやマジでそれ。ぶっちゃけそりゃ勝てねえって感じだったよな。完全に性別を超えてるわ」

「これちょっとキモいかもだけど…………正直ドキッとしたもん。乙女になっちゃったかも」


 誰も本気で俺と立華さんが付き合っているとは思っていなかったのか、話題は『雀桜の王子様』にシフトしていった。


「…………俺思ったんだけどさ、もしかして雀桜の子って俺達じゃなくて立華一織を見に来たんじゃないか……?」


 教室に沈黙が流れる。それは立華さんの制服姿を見た時から誰もが思っていた事だった。


「────お前ら、なに弱気になってんだよ」


 その沈黙を破ったのは日浦だった。今日に全てを懸けている男。


「俺らが活躍すりゃ雀桜生だって注目するだろ。折角夏樹がチャンスを作ってくれたんだ。ここで頑張らなくてどうするよ」


 その言葉が、教室に熱を取り戻す。


「確かに……去年はチャンスすらなかったもんな」

「女の子がいるってだけで儲けもんかも」

「よっしゃ、優勝して全員でリア充になろうぜ!」


 …………流石にそれは無理だと思うぞ。


 ともあれ日浦の一喝で教室は活気を取り戻した。お調子者のクラスメイト達が猛きグラディエーターに姿を変えていく。皆の瞳に映るのは勝利の栄光か、はたまたリア充の自分か。


 俺達は机を端へ寄せ、教室中央で円陣を組む。


「夏樹、掛け声頼む」


 日浦が俺に言う。


「……俺?」

「今日のチャンスはお前のお陰だからな。一発頼む」


 期待のこもった日浦の視線。その目にはめらめらと闘志が燃えていた。


「そういうことなら。じゃあ────絶対優勝するぞ!!!」

「「「応ッ!!!」」」


 蒼鷹祭が、始まる。



 序盤のクラス代表100メートル走と綱引きが終わり、結果は


1組:230ポイント

2組:180ポイント

3組:220ポイント

4組:250ポイント


となっていて我らが1組は2位につけていた。どの競技で何位になれば何ポイント貰えるのかなど誰も把握してないので、皆雰囲気で盛り上がっている。


「…………俺、蒼鷹に入学してよかった」


 颯汰が目に涙を滲ませながら眺めているのは雀桜のチアガール達だった。颯汰だけでなく、競技に参加していない蒼鷹生の殆どが応援そっちのけでチアガールに目を奪われていた。

 それはそれでどうなんだと思わなくもないが、健康的なへそ出し衣装の前に男子高校生は無力なのかもしれない。


 そして雀桜生はというと、案の定俺の制服に身を包んだ立華さんに夢中になっていた。観客スペースの一角で人だかりが出来ているので立華さんがどこにいるのかがすぐ分かる。

 しかし一応競技が始まればそっちも観てくれているようで、たまに黄色い歓声が飛んでいた。チアガールの応援にも熱が入っているので蒼鷹生のテンションは常に最高潮を更新し続けている。


『次は、二年生による騎馬戦です。二年生は準備をお願いします』


「来たか……」


 ────アナウンスが響き、皆の目に闘志が宿った。


 騎馬戦は二年生にとって一番の見せ場と言っていいメイン競技。


 俺も去年観ていたけど、盛り上がらなかった去年ですらつい手に汗を握ってしまうくらい大迫力だった。男子校だから問題になっていないが軽い怪我人も毎年出ているらしい。流石にちょっと緊張するな。


 グラウンド中央に移動し騎馬を組む。

 騎馬は4人1組で各クラス10組の騎馬が参戦する。騎上からざっと他のクラスを見渡すと、運動部の戦力を分散している組や、あえて集約し1騎のエースを作り上げている組など色々な思惑が見て取れた。


 我らが1組は分散作戦を取っていて、俺が騎手を務める騎馬には日浦がいた。1組最速の騎馬は間違いなく俺達だろう。


「夏樹、絶対勝つぞ」

「勿論。雀桜の子も沢山見てるしね」


 流石に騎馬戦は気になるのか、雀桜の子たちが観戦スペース一杯に広がって騎馬戦の開始を待っていた。


 …………その中に一人だけ、蒼鷹の制服に身を包んだ生徒が見えた。顔を向けると、俺を見ていたのか握った拳をこっちに突き出してくる。


『────蒼鷹祭で夏樹のかっこいい姿をボクに見せること』


 空中で拳をぶつけて、正面に向き直る。今のでハートに火が点いた。女の子に見られているというだけで、こんなにパワーが出るものなのか。雀桜生に見守られてどの騎馬も気合充分、間違いなく熾烈な争いになる。


『それでは────騎馬戦、スタートです!』

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