第12話 決戦の朝
蒼鷹高校が誇る春の一大イベント『蒼鷹祭』の日がやってきた。
…………と言っても早い話がただの体育祭なのだが、二年前までは蒼鷹生にとって最も重要なイベントと位置付けられていた。
なぜなら────蒼鷹祭は雀桜生と付き合える一番のチャンスだから。
蒼鷹祭を観に来た雀桜生に自分のかっこよさをアピール出来るかどうかで、三年間の高校生活が薔薇色に染まるか灰色で塗りつぶされるか決まる。中間テストに向けて勉強をするくらいならコンマ一秒でも徒競走のタイムを縮めてリレー選手の権利を獲得した方がずっといい。
…………というのが、俺が入学前に聞いていた話だ。
しかし実際には、無事にリレーの選手を勝ち取った俺を待ち受けていたのはがらんとした蒼鷹高校のグラウンドだった。あの時の衝撃は今でも忘れられない。何故か物凄く気まずかったんだよな。
全く盛り上がらないまま、何が起こっているのか誰も分からないまま、去年の蒼鷹祭は終了した。
◆
そんな過去があったから、目の前の光景は去年以上に衝撃的だった。
教室から見下ろすグラウンド。そこは数えきれないほどの雀桜生でごった返していた。去年はぽつぽつと生徒の家族くらいしかいなかった観戦用のスペースがセーラー服でぎゅうぎゅうに埋まっている。
「おいおいおい! 雀桜の女の子めちゃくちゃ来てるじゃねえか!」
声を荒げながら颯汰が教室に駆け込んでくる。俺達が窓際に集まっているのに気が付くと、掻き分けるように俺の元にやってきた。
「おはよう、颯汰」
「ういっす! これ夏樹がやってくれたのか!?」
「俺というか立華さんがね。何をどうやったのかは俺も分からないけど」
結局、立華さんはどうやって雀桜生を蒼鷹祭に呼び寄せるのかを教えてくれなかったんだよな。逆に妙に意味ありげな表情で俺のクラスを訊いてきたけど、あれは一体なんだったんだろうか。
蒼鷹祭は学年縦割りのクラス対抗戦だから、もしかして俺のクラスを応援してくれるのかな。
「マジでありがとな夏樹……俺、泣きそうだよ……!」
「俺もだ…………今なら何でも出来そうな気がする」
わらわらと男共が俺に抱き着いてくる。
「だーっ、くっつくな暑苦しい! 皆、泣くのは彼女が出来た時まで取っときなって」
残念ながらゴツい男に抱き着かれて喜ぶ趣味は俺にはない。ぐいぐいと皆を引きはがして改めてグラウンドに視線を落とす。ここからじゃ顔までは鮮明に見えなくて、立華さんがどこにいるのかは分からない。でもきっとどこかにはいるはず。
『────蒼鷹祭で夏樹のかっこいい姿をボクに見せること』
立華さんは約束を守ってくれた。だから、今度は俺が約束を守る番だった。
「日浦、ちょっといい?」
近くにいた日浦に声を掛ける。茶色がかったお洒落な髪型をしたこの男は、陸上部に所属していて100メートル走では県で何番目に速いだとかいう、我がクラスの最終兵器だ。
スポーツ万能、性格も爽やか、体型もスラッとしていておまけに顔も整っているというスーパーマンなのだが、残念ながら彼女はいない。例年通りなら間違いなく去年の蒼鷹祭でリア充になっていただろうにな。
「どった夏樹? 可愛い女の子でも見つけた?」
「いやここからじゃ全然見えない。ちょっとお願いがあるんだけど」
「何々? 今なら夏樹のお願いは何でも聞いてあげちゃうよ」
そう言って日浦は俺を拝むように手を合わせてくる。日頃から「彼女が欲しい」と嘆いていた日浦は、きっと誰よりも気合が入っているはずだ。
そんな日浦に、今から申し訳ない事をしなければならない。
「えっとさ、日浦ってリレーのアンカーじゃん」
「んだね。任せといて、全員ぶち抜いてやるからさ」
「それなんだけどさ────俺と代わってくれないかな?」
「え?」
日浦が驚いたように目を丸くする。
そうだよな、普通アンカーは一番速い奴がやるべきだ。それは俺も分かってる。
…………でも、一番かっこいいのはアンカーなんだよ。
日浦は少しの間呆気に取られた様子で俺の顔を見つめていたが、気を取り直したように笑顔を作ると俺の肩に手を回してくる。
「何だよ夏樹、女の子にかっこいい所見せようって作戦かぁ?」
「まあ、そんなとこ。どうかな?」
「んー、本当は俺もアンカーでゴリゴリにアピールしたかった所ではあるけど、そもそも雀桜生が来てくれたのが夏樹のお陰だからなあ。しゃあない、アンカーは譲るよ」
「マジで助かる。じゃあ俺の3走と交換って事でよろしく」
「おう! まあ3走でも全員ぶち抜けば充分アピールになるっしょ。夏樹にゃ悪いけど独走状態でバトン渡すかもね?」
「それならそれで構わないよ。一位でゴールするのが一番かっこいいから」
小さく手のひらをぶつけ合って、日浦と解散する。
準備は整った、あとは俺が頑張るだけだ。そう考えたら珍しく腹の下に力が入った。
◆
グラウンドに出る時間が近付いて来た。
さっきまで窓際で雀桜生を眺める作業に勤しんでいたクラスメイト達も、今は各々の机でジャージに着替え始めている。いつもは適当に着崩しているのに今日は皆ハーフパンツの位置を腰付近で微調整していた。
この少しの違いで彼女が出来ると信じているバカヤロウ達が、俺達蒼鷹高校生だ。俺も一応、自分なりに一番かっこいいと思う位置にハーフパンツをセットしている。
聞こえるはずのない声が聞こえたのは、そんな時だった。
「失礼するよ。雀桜の立華一織という者だが、山吹夏樹はいるだろうか?」
────立華さんが、ドアの向こうから現れた。
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