第11話 水面下の攻防

 まさかの状況に俺の頭はフリーズ寸前だった。これまで恋愛の「れ」の字も経験して来なかった俺でも、流石にこの立華さんの態度は分かる。


 …………俺は今、立華さんに好意を向けられている。


 多分。きっと。


「ど、どうするって言われても……」

「赤くなった。意外と照れ屋だね、夏樹」

「いや、そりゃ照れるって……いきなりそんな事言われたらさ」


 寧ろ、どうして立華さんがそんなに平然としていられるのかが不思議だった。立華さんって今、俺に告白してるようなものだよな!?


 顔が熱くて仕方ない。店長が今さっき持ってきたばかりの水は既に空になっていた。いくら飲んでも落ち着きやしない。


 そんな俺と対照的に、立華さんはにやにやと笑みを浮かべながら俺を観察していた。


「夏樹、コップが空じゃないか。これ飲むかい?」


 そう言って指し示すのは、立華さんの手元にあるコップだ。水がなみなみと入っている。


「いやいや、いいって」

「どうしてだい?」

「どうしてって言われてもさ……」


 あなた、さっきそれに口つけてましたよね?

 間接キスなんですけど?

 もしかして分かってて言ってますか?


「是非とも理由を聞かせて欲しいな。喉は乾いているんだろう?」


 …………そう言う立華さんは、これ以上ないってくらい意地の悪い笑みを浮かべていて。


 ────そこで俺は、自分が揶揄われているんだと気が付いた。全ての熱が引いていく。


「……立華さん、俺で遊んでるでしょ」

「あらら。バレてしまったか」


 バレてしまっては仕方ない、とばかりに立華さんは俺に差し出していたコップを引くと、そっと口を付けた。真っ白な喉がごくりと動く。


「流石にね。立華さんらしくなかったもん」

「ボクらしくない、か。意外と観察されているのかな」

「勿論。立華さんの事はいつも見てるよ」


 なんたって俺は立華さんの教育係だから。

 立華さんがサイベリアを好きになってくれるかは俺にかかっていると言っても過言ではないはずだ。俺を教育係に抜擢してくれた店長の期待に応える為にも、立華さんは俺がしっかりとサポートしないとな。


「…………まさかすぐにやり返してくるとはね。意外と好戦的じゃないか」

「? どうかした?」


 立華さんが顔を隠す様に両手でコップを包んで口元に運ぶ。

 さっきはそんな事なかったと思うけど、頬が少し赤い気がした。もしかしてちょっと暑いのかな、店長に言えばエアコンの温度を下げて貰えるけど。


「お待たせ致しました。フライドポテトでございます」


 丁度いい所にニコニコ笑顔の店長がやってきた。四人前くらいのフライドポテトを持って。


 ……いや、多いな。


「ありがとうございます。店長、ちょっとエアコン下げて貰ってもいいですか? 立華さんが少し暑そうなので」


 俺の言葉を聞いて店長が立華さんに目をやる。立華さんがコップから口を離して何かを言おうとしたけど、丁度口の中に水が入っていた。先んじて店長が言う。

 

「なるほどなるほど。中々やるじゃないか夏樹」

「何がです?」

「いやいや、何でもないさ。じゃあ少しだけ下げてこようかね」


 妙ににやついた笑顔で店長は去っていった。言葉の意味は分からなかったけど、これで大丈夫だろう。


「それでさ、本当の所今日って何の集まりなの?」


 ポテトをつまみながら聞いてみる。塩気が絶妙でついつい手が止まらない。誰が作っても同じだと思うかもしれないけど、塩の振り加減でポテトの美味しさは全然違うんだよな。この店では店長の作るポテトが一番美味い。


 水を飲んで落ち着いたのか、立華さんの頬の赤みは消えていた。


「そうだね、そろそろ本題に入ろうか。実は蒼鷹祭について教えて欲しいんだ」

「蒼鷹祭について?」

「ほら、去年から雀桜生は参加していないだろう? 学校で蒼鷹祭の話題を出してみたんだが、知っている人が三年生しかいなくてね。一、二年生に説明する必要があると思っているんだ」


 他人事のように立華さんは言う。そうなった原因はあなたなんですよとツッコミたい気持ちを何とか抑えた。


 別に立華さんは何も悪くない。ただ格好良すぎただけなんだ。


「そういう事ならお安い御用だよ。うちとしては一人でも多くの雀桜生に来て貰いたいからね」


 それから俺達は、うずたかく積まれたポテトをせっせと口に運びながら一時間ほど雑談に花を咲かせた。

 この前と同じように駅で解散し、電車で揺られながら気が付く。


「…………これ別に、メッセージで良くなかったか?」


 まあ、楽しかったからいいんだけどさ。

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