第10話 繋がる二人
激動の一週間が過ぎ、更に一週間が経過した。暦は五月に差し掛かり、蒼鷹祭はもう目前に迫っている。
立華さんは大丈夫だと言っていたけど、本当に雀桜生は来てくれるんだろうか。もし来なかったら俺が全蒼鷹生から詰められると思うと、少し胃が痛い。
サイベリアの方はというと、流石に客足も少し落ち着いてきた。皆景気よくお金を使ってくれていたから財布が悲鳴をあげているのかもしれない。そんな訳で、俺と立華さんは仕事中にちょくちょく私語をする関係になっていた。
「…………そういやさ」
立華さんがレジのお金を数えながら口を開いた。時刻は午後九時ちょうど。お客様も少ないし、これが退勤前最後の作業になりそうだ。
「ボク、夏樹の連絡先知らないよね」
「連絡先?」
確かに立華さんとは交換していなかった。連絡先を交換しておくとスムーズにシフトを交換出来たりするので、サイベリアでは同じ時間帯に入る人とは連絡先を交換しておくのがスタンダードなのにも関わらずだ。
教育係という都合上、俺と立華さんは常に同じシフトに入っているので逆に気が付かなかったな。
「確かにもう立華さんは初心者卒業だし、五月からは俺とシフトが分かれる事もあるか。連絡先を交換しておいた方が良さそうだね」
そう言うと、立華さんは手にしている千円札の束から顔を上げた。
「シフト? それが何か関係あるのかい?」
「え、シフト交換の為に交換するんじゃないの?」
そこで、立華さんは何故か「言われてみれば」というような驚きの表情を作った。
「……もしかして、それ以外で連絡するのは迷惑だったりするかな?」
今度は俺が驚く番だった。
「いや、別にそういう訳じゃないけど……」
寧ろ、いいの? という気持ちが強い。俺なんかが立華さんと?
俺の返答に、立華さんはふっと小さく笑った。
「良かった。なら退勤したらルインのアカウントを教えてくれるかな」
「う、うん。分かった……けど」
それっきり立華さんはレジチェックの作業に戻ってしまったので、俺は手持ち無沙汰になりぶらぶらと店内をラウンドする事にした。
…………歩きながら、さっきの立華さんの態度がずっと気になっていた。
◆
『もし良かったら、今日サイベリアで集まらないかい?』
翌日、五時間目の休み時間にまさかの人物から連絡が来た。昨日連絡先を交換したばかりの立華さんだ。誰かに見られたらマズイと思い、慌てて席を立って廊下に出る。
「なになに……サイベリアに集まる……?」
今日は俺も立華さんも休みだ。つまりこれは、サイベリアで普通に食事をしようってお誘いのはず。
「…………マジか」
心の中に嬉しさと困惑が広がる。それと、雀桜生に見られたらどうしようという恐怖。
「立華さんが……どうして俺を……?」
「ん? 何してんだ夏樹?」
「おわっ!?」
トイレ帰りと思しき颯汰に声を掛けられ、スマホを落としそうになる。
「ちょっ、急に声かけんなって」
「何だ夏樹、スマホ隠したりして。もしかして……彼女か!?」
「違う違う、ちょっとバイト先の人から連絡きただけ! ほら、教室戻ろうぜ」
急いで「了解」とだけ返して返信し、スマホをポケットに突っ込んだ。
◆
「やあ、いきなり誘って悪かったね」
もしかしたら冗談かもしれない──そう思っていたんだけど、立華さんは本当に四番テーブルに座っていた。当然ながら雀桜の制服姿だ。
「こっちこそ待たせちゃったみたいでごめん。一応急いで来たんだけどさ」
「構わないよ。どうやら雀桜は蒼鷹より若干早く終わるようだからね」
「そうなんだ。それは知らなかった」
言われてみれば確かに、初めてサイベリアに雀桜生が殺到したあの日もそうだった。俺と颯汰が着いた頃には既にサイベリアは一杯になっていたっけ。
立華さんの向かいのソファに座り、何となくキッチンの方を見てみる。すると店長がにんまりと笑みを浮かべながら俺達を見ていた。いつもは店にいないのにどうして今日に限っているんだか。
「夏樹、お腹は空いているかな?」
立華さんが注文用タブレットに視線を落としながら言う。
「んー、減っているといえば減ってるけど、家にご飯があるからなあ」
「じゃあポテトにしようか。夏樹を待っていたらさっき店長が来てね、サービスで大盛にしてくれるって」
「あ、店長と話したんだ」
店長め、既に知っていたという訳か。絶対面白がってるんだろうなあ。
立華さんがタブレットをホルダーに戻すと同時、店長が水を持ってやってきた。
「お客様、こちらお水でございます…………ふふっ」
「ちょっと、何笑ってるんですか。接客がなってないですよ」
「いやいや、すまん……ではごゆっくりどうぞ」
最後までニヤつきたっぷりで店長が去っていく。店長がキッチンに引っ込んだのを確認した後、お水を一口飲んで俺は本題を切り出した。
「ところで立華さん、今日って何の用事?」
立華さんは相変わらずの飄々とした面持ちで俺の顔をじっと見つめている。何もしていないのに雑誌の1ページみたいに絵になる人だ。
「用事? そうだね────」
「────ただ夏樹と話したかっただけって言ったら、どうする?」
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