【書籍化】女子校の『王子様』がバイト先で俺にだけ『乙女』な顔を見せてくる

第9話 物語の裏で

「何ィ！？　オッケーだと！？」

　俺の言葉を聞いて、教室中から地鳴りのような歓声が巻き起こる。同じ歓声でもサイベリアで聞く雀桜生の物とはえらい違いだった。

　────ここは男子校、蒼鷹高校二年一組。

　約一年間女っ気なしで耐え忍んできた男達は、来月の蒼鷹祭を胸に喜びの声をあげていた。

「うん。昨日立華さんにお願いしてみたんだけど、何とかしてくれるって」

　昼休み、俺の机を囲むように皆が集まっていた。見れば他のクラスの奴らまで来ていて教室がパンパンになっている。『蒼鷹祭に女の子いない問題』は今や学校全体の問題だった。

「それって、蒼鷹祭に雀桜の子が沢山来てくれるって事でいいんだよな！？　先輩から貰った写真みたいに！」

　そう言って三組の武田？だったかがスマホを見せてくる。映っているのは仲が良さそうに肩を組んでいる男女。男はうちの体操服で、女は雀桜の制服だった。きっと蒼鷹祭で知り合ってカップルになったんだろう。羨ましい限りだ。

「多分そういう事だと思う。俺も具体的な話は聞いてないけど」

「うおおおおおおおお！！！！！　マジでありがとうな山吹！　命の恩人だわ！」

　また教室が沸き立つ。感動のあまり抱き合っている人達までいた。大袈裟な……と言いたい所だけど、これが蒼鷹の現状だ。

「ところで山吹、『雀桜の王子様』ってどんな見た目なんだ？　俺まだあのファミレス行けてないんだよ、雀桜生ばっかで入り辛くてさ」

　四組の増岡が俺の机に尻を乗せながらそんな事を訊いてくる。増岡とは一年生の頃に同じクラスだったから、少し親交があった。ガタイの良さを活かしてサッカー部の次期エースとして活躍しているらしい。

「それ俺も気になってた。やっぱかっけーのかな？」

「俺一回だけ駅でそれっぽい人見た事あるけどヤバかったよ」

「確か友達が同じ中学だった気ィすんだよなー」

　そこかしこから声があがる。『雀桜の王子様』は蒼鷹生にとって誰よりも気になる存在だった。

「どんな見た目って言われてもなあ。とりあえずめちゃくちゃカッコいいのは確かだけど。背は高いし、顔も整ってるし」

　でも、俺はこの一週間で思った事がある。立華さんが『雀桜の王子様』と呼ばれているのは、見た目だけが理由じゃない。

　何というか……存在自体がカッコいいんだ。

　性格も、仕草も、何もかもが。

「女子としてはどんな感じ？　山吹はもし付き合えるってなったらどうする？」

　教室のどこかからそんな質問が飛んできて、俺は言葉に詰まる。

　立華さんが──俺の彼女に？

　…………ダメだ、全然想像できない。

　男女問わず、立華さんが誰かと付き合っているという姿がまずイメージ出来なかった。あの人はずっと誰かの憧れで、逆に誰かに惚れるなんて事はないんじゃないか。

「…………分からない。そもそも俺だってまだ知り合ったばっかりだし」

　結局の所、そうやって逃げる事しか俺には出来ないのだった。

◆

「一織様が男と！？　それは本当なの？」

「間違いありません！　りりむ、この目でしっっっかりと確認しました！」

　雀桜高校、視聴覚室…………普段は薄暗いその部屋は、放課後、別の姿を見せる。

　その名は『一織様を陰ながらお慕いする会・総本部』。放課後にも関わらず数十人の生徒でぎゅうぎゅうになっている。

「そ、それで！？　一織様とその男はどんな感じだったの！？」

　黒板の前に立っている三年生が焦った様子で唾を飛ばす。今この場に居る全員が、「駅で男と二人で歩いている一織様を見た」と報告した一年生を固唾を呑んで見守っている。

「えっと、改札で二人は別れたんです。一織様が先に改札をくぐって」

　一年生の言葉に、皆が胸を撫でおろす。

「そ、そう……良かった……」

「……でも」

　一年生はそこで言い淀む。空気に緊張が走った。

「でも……どうしたの？」

「…………私、一織様と同じ電車に乗らせて頂いたんです。烏滸がましくも近くに座らせて頂いて。あっ、勿論一織様の視界に入るような抜け駆けはしていませんよ！？」

「分かった分かった。それで？」

　小柄な一年生は、その瞬間を思い出すと今でも夢を見ていたんじゃないかと思うくらいだった。まだ入学して一か月だけど、あんな一織様は見た事がない。

「…………一織様、笑ってたんです。いつものカッコいい笑い方じゃなくて、幸せを噛み締めるみたいに」

　それがどれだけ珍しい事なのか、この場にいる全員が瞬時に理解出来た。

「私、あの瞬間だけは一織様が女の子に見えたんです。今日お会いしたら、いつもの素敵な一織様でしたけど……」

　最後にそう言い残して、一年生は崩れ落ちるように席に座った。教室には重苦しい静寂がのしかかる。

「…………とにかく、その男の素性を調べよう。話はそれからだ」

　リーダーと思しき三年生が何とか口を開く。

　────その男が蒼鷹高校二年・山吹夏樹だという事は、程なくして雀桜生全員の知る所となる。