第8話 約束

「知ってたんだね」


 これは意外だった。立華さんはそういう下々の者が好きそうな話に興味がないと思っていた。


「雀桜の皆がこう言うんだ────私、蒼鷹なんてどうでもいい。一織様さえいればそれでいいんです────ってね」

「ああ……やっぱりそういう感じなんだ」


 この一週間で雀桜の空気感がこれでもかってくらい理解出来た。そしてそれを引き起こしている立華一織という人間の魅力も。正直言って、蒼鷹の男子を全員集めても立華さんの魅力に敵いっこない。


「もしかしてボクのせいで蒼鷹生は寂しい学生生活を送っていたりするのかな」

「……立華さんのせいかは分からないけど、例年よりカップルが少ないのは間違いなさそうだね」


 少ないというか、ゼロだ。


 駅前が近くなり人通りが増え始めた。すれ違うサラリーマンや学生が皆、立華さんを見て驚いたような顔をする。女子高生にしてはかなり背が高いし、何より顔が整い過ぎているからだろう。それはお前の彼女なのか、という探るような目が俺に向けられる事もあった。


 安心してください、俺と立華さんは只のバイト仲間です。


「そうだったのか。でもボクは謝らないよ。それは皆の気持ちに失礼だと思うから」

「うん。立華さんは何も悪くない。これは蒼鷹生の魅力が足りてないってだけの話だと思うから」


 話はこれで終わり────のはずだった。俺が無理難題を押し付けられてさえいなければ。


「…………実はさ、来月に蒼鷹祭っていうイベントがあるんだ」

「蒼鷹祭?」

「早い話が体育祭なんだけどね。例年雀桜の生徒が沢山見に来てくれて凄く賑わうらしいんだ。雀鷹カップルの殆どは蒼鷹祭で出来るって言われてるくらいでさ」


 因みに去年は既に女っ気皆無だった。という事は、当時一年生の立華さんは入学一か月かそこらで雀桜生全員の心を鷲掴みにしたらしい。


「なるほど、このままでは蒼鷹祭が盛り上がらないという事だね」


 納得したように立華さんは言う。


「情けないことにね。……実は俺と立華さんが同じバイト先で働いている事が蒼鷹生にバレちゃってさ。何とかならないかってお願いされてるんだ」


 何様なんだという話ではあった。俺と立華さんはまだ知り合って二週間も経っていない。友達でもない。


「変な話で申し訳ないんだけど、立華さんの力で何となったりしないかな?」


 我ながら何を言ってるんだと思うけど、流石に全校生にお願いされては動かない訳にもいかない。まあ断られたら断られたで「無理だった」と報告するだけだ。

 ……多分断られるだろうし。協力する理由が立華さんには何一つない。


「うーん、そうだね……」


 立華さんは考え込むように顎に手を当てる。駅はもう目の前だ。立華さんが何線かは分からないけど、きっと改札で解散する事になる。駅舎に入ってもやはり立華さんは人目を惹いていた。


 もうすぐ22時だというのに改札前には沢山の人がたむろしていた。その殆どがスーツ姿のサラリーマンで、その他には数人の高校生がいる。雀桜の制服を着た二人組が立華さんに気が付きこちらを指差し、隣にいる俺を見て何とも形容しがたい表情を作った。親の仇を見つけたような、そんな苛烈な表情。


「夏樹はどう思ってるんだい?」

「え?」


 唐突に立華さんが口を開いた。スマホを弄っている近くのサラリーマンが俺達の会話に聞き耳を立てているのが丸わかりだった。手が止まっている。


「皆に頼まれたと言っていたじゃないか。夏樹自身がどう思っているのかが知りたいんだ。蒼鷹祭に雀桜生がいた方が嬉しい?」


 立華さんが俺を見る。切れ長の綺麗な目に縫い付けられ、顔が動かせない。


「…………そうだね。その方が頑張れると思う」


 何とか吐き出した俺の言葉に、立華さんは何故か満足そうに頷いた。


「そうか。ならその件はボクが何とかしよう」

「えっ、いいの?」


 驚いた。まさか引き受けて貰えるなんて思っていなかった。


「いいよ。でも、一つ条件がある」

「条件?」


 一体何をお願いされるんだろうか。立華さんに頼まれる事なんて、何一つ思い浮かばない。


 立華さんは人差し指をピッと立てると、口元に持っていく。


「────蒼鷹祭で夏樹のかっこいい姿をボクに見せること。当日、期待してるからね」


 立華さんは俺にウインクをして、改札の向こうに消えていった。何から何まで絵になる人だった。

 

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