第7話 星空の下で

 駅へと続く大通り沿いの広い歩道を俺達は歩いていた。この時間にもなると車通りもまばらで、等間隔に並ぶ街灯と信号だけがぼんやりと駅までの道を照らしている。駅前まで行けばまだ少し活気もあるけど、この辺りはもう静かだ。


「今日は星が良く見えるね。おおぐま座もおとめ座もはっきりと見える」


 俺の隣をあの『雀桜の王子様』が歩いている。立華さんの隣にいるだけで、俺まで立派な人間になったような気がするから不思議だった。


「おおぐま座とおとめ座? ごめん、分からないかも」


 立華さんと出会って一週間ほどが過ぎた。


 俺は教育係としてこの一週間、基本的に立華さんとずっと一緒にいた。でもびっくりするくらい立華さんの事を何も知らない。この一週間はずっと忙しくて、私語をする時間なんて殆どなかったからだ。


 だから、うん。正直に言えば、結構話題に困っている。


「あそこに北斗七星があるだろう? あれがおおぐま座の尻尾なんだ。尻尾の先をずっと辿っていくと、一際輝く星がある。あれが春の大三角の一つ、アルクトゥールス。うしかい座だね。そして三角形を作っているもう一つの明るい星が、おとめ座のスピカだよ」


 因みに三角形の残りの一つはしし座のデネボラ。ボクの星座だね────立華さんはそう続けた。確かに立華さんの指先を何となく辿っていくと、それっぽい星が見つかる。


 しし座って夏の生まれだったっけ。立華さんの事をついに一つ知れた。


「立華さん、星が好きなの?」

「プラネタリウムで流れていた説明を暗記しているだけさ。子供の頃に連れて行って貰った事があってね」

「そうなんだ。でも、いい趣味だと思うよ」

「そうかな?」

「うん。綺麗だし」


 星を眺めていると、隣に立華さんがいる事もつい忘れてしまいそうだった。緊張がほぐれていく。


「さっきの話だが」


 立華さんが気になる事を言うので、俺は頭を下げて星空から目を切った。立華さんは真っすぐ前を見据えていて、その先では歩行者用の青信号が今まさに赤信号に変わろうとしている。


 俺達は信号に捕まって足を止めた。


「ありがとう、夏樹。ボクを庇ってくれたんだろう?」


 立華さんが真っすぐ俺を見る。視界の端でそれが分かった。少し悩んだ末に目を合わせてみると、やはり冗談みたいに整った顔が暗がりの中で俺を見つめていた。赤信号が反射して、顔が少し赤い。


「庇った、って程でもないよ。忙しいのは俺の働きが足りてないって事でもあるし、最近は徐々に上手くやれてきてる自覚もあったんだ。だからあの場で言った事は半分くらいは本音だよ」


 忙しさに追われると、何となく負けた気になるというか。そういう感情が俺の中にあった。俺がもっと要領よく回せていたら慌ただしくなる事もなかったのに……みたいな。


「もう半分は?」


 立華さんは表情を変えずに、首を僅かに傾げる。俺が雀桜の女の子だったら今の仕草だけで恋に落ちてるな。蒼鷹の男の子で良かった。


「────俺は君の教育係だから。立華さんを守ってあげるのが俺の役目だと思うんだ」

「…………そっか」


 信号が青になる。どちらからともなく俺達は歩き出す。


 ふと気になって横目に立華さんの顔を確認すると、頬に信号の赤色がまだ残っていた。



 実はこの一週間で、蒼鷹生の間でも『雀桜の王子様』が俺のバイト先で働いている事は噂になっていた。今のサイベリアは雀桜生のたまり場になってしまっているので、蒼鷹生が押しかけてくる事はなかったけど、その代わり俺は一つのミッションを頼まれてしまっていた。


「蒼鷹と雀桜の歴史?」

「うん。立華さん、そういうの知ってるかなって」


 曰く、この2校は学校ぐるみで仲が良く生徒の交流も深いとか。

 曰く、蒼鷹生と雀桜生のカップルはいつまでもラブラブで上手くいくだとか。


 そういう事を果たして立華さんは知っているんだろうか。全く興味なさそうだけど。


「それはあれかな、何年に創立したとかそういう歴史?」

「いや、そうじゃなくて。何と言ったらいいかな……」


 恋愛系の俗っぽい話を立華さんにするのは、何だか神聖な存在を穢してしまうような気がして言葉が継げなくなる。そんな話を一織様に聞かせないでよ、と雀桜生が飛び出してきそうだ。


 俺が何も言えないでいると、立華さんが代わりに口を開いた。


「…………もしかして、雀鷹カップルのことかな?」

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