第5話 イケメンすぎだろ

 俺を出迎えたのは嵐のような黄色い歓声だった。


「一織様っ、こっちにもスマイルお願いしますううううっ!」

「あっあっマジ無理尊すぎ死ぬ」

「写真……写真撮らなきゃ……今日来ていない皆の為にも……!」


 ホールを埋め尽くす雀桜生に思わずたじろいでしまう。勝手知ったるサイベリアが今はまるで雀桜高校の教室だ。


 そして────その中で強烈な存在感を放っている存在が一人。


「ふふ、全く仕方ない子猫ちゃん達だね。あまりボクを困らせないでおくれよ?」


 スーツ姿の立華さんが、沢山の雀桜生に囲まれながらラムネみたいに爽やかな笑顔を周囲に振りまいていた。背の高い立華さんは女の子に囲まれていてもどこにいるかすぐに分かるし、表情もはっきりと見えた。


「…………な、なんだこりゃ」


 一瞬、アイドルのライブ会場にでも来てしまったのかと思った。それくらい立華さんは輝いていたし、皆の目はハートマークになっていた。


「ほら、皆席に戻ってくれるかな。店の迷惑になってしまうからね」

「分かりました……」

「一織様、絶対私達の席に来てくださいね?」


 立華さんの一言で、雀桜生達が名残惜しそうにそれぞれのテーブルに散っていく。


 そして、俺は残された立華さんと目が合った。俺に気が付いた立華さんが悠然とした足取りで近付いてくる。二日目にして既に勝手知ったるといった足取りだ。


「おはよう、立華さん」

「夏樹。来てくれると信じていたよ」


 立華さんは相変わらずイケメンで、近くで見るとやっぱり何故かドキッとした。ここまで顔が整っていると性別なんて関係ないのかもしれない。


 ……それはそれとして。


「今ってどんな状況? 何か困ってる事とかある?」

「今の所は問題ないよ。案内は昨日夏樹から教えて貰ったからね」


 ざっと周囲を見渡してみると、まだどのテーブルも案内したてのようだった。蒼鷹も雀桜も終業時間はそう変わらないだろうから、俺と同じく皆来たばかりなんだろう。


 ……キッチンがてんやわんやする訳だ。普通はこの時間から夜のピークタイムに向けて色々準備し始めるのに、いきなりピークタイムに突入したんだから。


「実は今日、学校で友人にアルバイトを始めたと伝えたんだ。そうしたらいつの間にか噂が広まってしまってね。この有様という訳さ」


 立華さんが軽く両手を広げた。そんな一挙手一投足を各テーブルから皆が見守っている。カメラアプリのシャッター音がいくつも響いた。


「うちの生徒で席が埋まってしまったけれど、もしかして迷惑だったりするだろうか? もしそうなら心苦しいがボクが皆に伝えるよ。大丈夫、皆聞き分けの良い子たちだから」


 言葉の割に平然とした表情で立華さんは言う。本当に心苦しいと思っているんだろうか。


「それは大丈夫。テスト前は学生で埋まったりするしね。ちゃんと注文してくれれば問題ないよ。一品で数時間粘られたりしたらちょっと困るけど」

「そうか、それは安心した。なら沢山頼んでくれるようにボクもお願いしてみるよ」


 それはそれでキッチンの人が困るだろうな────そう思ったけど、立華さんの微笑の前には何も言えなかった。




 そんな訳で突如訪れた激動の時間は驚くほど一瞬で過ぎていき、気が付けば退勤の時間になっていた。時間が経つにつれ徐々に数を減らしていったものの、まだ何人かの雀桜生が、それぞれのテーブルから立華さんに熱い視線を送っている。門限は大丈夫なんだろうか。


 立華さんもこの一日でかなりレベルアップを果たし、普通のお客様にはマニュアル通りの接客を、雀桜生には王子様モードで接客するという器用な技を完璧にマスターしていた。昨日は否定したけど、立華さんには接客の──というか人前に出る才能があるんだろうな。凄い成長だ。


「流石に疲れたな……」


 バックヤードに戻って退勤の打刻をすると、どっと疲れが噴き出してくる。雀桜生も売り上げに貢献しようと軽食やデザートなどを沢山頼んでくれたので、キッチンからも嬉しい悲鳴があがっていた。


「……うわ、今日の客単価1500円超えてる。沢山頼んでくれたなあ」

「それは凄いのかい?」


 パソコンで21時時点のデータを見ていると、後ろから立華さんがディスプレイを覗き込んでくる。すぐ横に顔があって少しびっくりした。


「うん、これは凄いよ。客単価っていうのはお客様が一人当たりいくら使ってくれたかってデータなんだけど、いつもは1000円くらいだから。雀桜の皆にありがとうって伝えておいてくれると嬉しい」

「皆売上に貢献してくれたみたいだね。分かった、伝えておくよ」


 立華さんは満足そうに退勤のボタンを押す。その表情には疲れというものがあまり感じられない。今日はめちゃくちゃ忙しかったのに、この時間でも背筋がピンと伸びている。


「凄いね、立華さん。全然疲れてるように見えない」

「そうかい?」


 立華さんは意外そうに目を丸くする。しかし、すぐにいつものカッコいい表情に戻った。


「当然だけど疲れているよ。凄くね。でも夏樹の目からそう見えないというのなら、それはボクに染み付いた癖が理由だろうね」

「癖?」


 立華さんが制服を持って更衣室に入る。男にしか見えない立華さんだけど、制服は女性用だ。分かっていても頭がエラーを吐きそうになる。


 カーテンが閉まる。静かなバックヤードに衣擦れ音が響き、程なくしてセーラー服に身を包んだ立華さんが現れた。さっきまで男の子だったのに、今は女の子だった。


 それも、可愛い。


 立華さんは俺の前に立つと、目を細めてキメ顔を作った。


「常に誰かに見られていると意識しているんだ。だから、夏樹の前でも表情を崩さないのさ」


 また明日────そう言い残して、立華さんは颯爽とバックヤードから出ていった。


「…………イケメンすぎだろ」


 ドアの向こうに消えていく立華さんの背中を見送りながら、俺は無意識に呟いていた。

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