第八章 夕間暮れ
密談
「明路?
どうかしたのか?」
「いえ――
今、未来の自分が思ってることが見えて」
放課後、明路たちは、あの階段に居た。
額に手をやり鬱々とした表情で言うと、和彦は溜息をつき、
「難儀なもんだな」
とだけ言った。
未来が見えることに関してだけは、さすがの彼も同情的だ。
まあ、それだけ救いようのない力だと言う事か。
私を封印し、殺そうとした村人たちは正しい、と明路は思う。
――だが、今の平和なこの世界には、私を始末してまで止めようとするものなどない。
「あの~」
と遠慮がちに声をかけてくるものが居た。
四条だ。
放課後、彼と合流したのだが、特になんの成果もなく、此処まで来ていた。
「そうだ。
四条くん、鞄見せてよ」
「え? 鞄?」
まともに記憶があったら、またーっ!? と叫ぶところだろうに。
彼には、それが『また』であることを知る記憶がない。
「ごめんね」
と言い、明路は中身をチェックした。
今日はないようだ。
「……何か法則性があるのかしらね?」
和彦は何も言わずに、夕陽の名残りを背に浴び、こちらを見下ろしている。
恐らく、彼の頭には昌生のことしかない。
この先どうなるのか。
こちらから聞いた話と、予知から脱線した部分を考え合わせ、昌生の絡んでくるであろう未来だけをシミュレーションしてみているのではなかろうか。
そこだけ考えても駄目だと思うけどな、と思いながら、こちらを見ているようで見ていない和彦の茶色い瞳を見た。
「和彦さん、もう戻らないと。
移動の途中で寄っただけなんでしょ」
ああ、そうだな、と言う彼は上の空だ。
何を考えているのか。
なんとなく教えない方がいいかと思い、昌生が死んだ日付は彼には教えていない。
覚えていないと言って。
「じゃあ、戻るが、明路。
昌生には近づくなよ」
「わかってますよ」
他所を見たまま、上げかけた手が和彦の手に触れそうになる。
思わず、激しく払っていた。
和彦が不審げにこちらを見る。
しまった、と思う。
「ああ、ごめんなさい。
この階段で接触すると、なんだか転げ落ちそうな気がして」
「……まあ、実際、僕が一度は突き落としてるらしいしな」
いや、それは私を助けようとしてくれたからだ。
その未来が今度も訪れるかは知らないが。
和彦が階段を上がっていったあとも、明路は彼の消えた場所を見ていた。
そんなこちらを四条が窺うように見ている。
振り向き、
「もう帰ったら?」
と言うと、
「困った女王様だね。
自分で呼び出しておいてさ」
と四条は笑う。
「ごめんなさい。
でも、ちょっと此処で一人で考えてみたい気分なの」
そう言い、階段の途中に腰を下ろした。
横を見る。
雨が降れば、血溜まりの幻が見える場所だ。
「あのさ」
という四条の声が頭の上からした。
「なんだかわかんないけど、また呼んでよ。
今日の記憶が明日消えてるとしても。
君に呼ばれたら、また来るよ」
凄いことを言っているのだが、四条の言い方はカラッとしていて、事態の異常性を感じさせない。
こういうところに救われるな、と思い、明路は笑った。
「四条くん、早く結婚しなよ」
「ええっ!?
なにっ、突然っ」
「いや、今、見えた。
『いつまでも結婚しない』って愚痴ってる貴方の親御さんの姿が」
まあ、言ったところで、明日には忘れてしまうのだろうが。
「うちの親?
どっち?」
「頬にホクロがある。
結構美人」
「お袋か~。
でも、よかった」
「何が?」
「君の予見は、百パーセント当たるんだろ?」
そりゃ、いろんな人が行った詐欺に寄ってだけどね、と思ったが、四条は晴れやかに笑って言う。
「俺がまだ結婚しないって言われるくらいの歳まで、お袋、元気なんだ。
……どうかした?」
「いや――
なんだか今、初めて人の役に立った気がして」
こんなささやかな話で。
なんだか、この力を持って初めて救われた気がした。
思わず微笑むと、四条は何故か目を逸らした。
「あのさ。
さっき、なんで、あの人の手を払ったの?」
そう問われ、笑みが止まる。
困ったことだ。
彼は意外によく見ている。
答えまいかと思ったが、明路は答えた。
それは、四条だったからなのかもしれないし。
明日にはすべて忘れてしまう人だったからなのかもしれないが。
「今、瞬間的に和彦さんが嫌いになったからよ」
「どうして?」
彼は明日には忘れてる。
だから、その続きを言ってみた。
すると、四条は目を見開き、言う。
「忘れないよ。
だから、メモしとく」
するな、人として、と明路は思った。
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