おじさん
「由佳!」
老人とお堂を探したあと、慌てて明路を追いかけていた由佳は、仮の名を呼ぶ声に足を止めた。
息を切らして見た先では、少女が二人、お好み焼き屋の外のベンチに腰掛け、自販機のアイスを食べている。
「……なにやってんの」
「だって、明路が入らないって言うから」
何処に? と思いながら、チョコ味のそれを食べている明路の顔を見る。
明路は何も言わず、聡子だけが喋った。
「由佳も早くくればよかったのに。
格好よかったよ~」
――誰が?
ナリは女に化けられても、心まではそうはいかない。
次々、説明もなく飛んでいく女子たちの会話には、未だに付いていけずにいた。
「誰が?」
とりあえず、気になった方を口に出して問う。
「明路のおじさん」
「おじさん?」
格好いい明路のおじさんなんて居たか?
まあ、明路の日常に関わりのない人間なら、明日には、みんなの記憶から消えているはずだが。
「明路が此処でぐだぐだ言うからさー。
いっそ、その怖い喫茶店に入って休みましょって言ったの」
何処に、の部分は勝手に聡子が説明し始めた。
「おじさん、奢ってくれるって言ったのに」
「嫌よ」
とようやく、明路が口を開いた。
「一度、入っちゃえば、ただの喫茶店だと思うようになるって」
喫茶店ねえ、と彼女たちの視線の先にあるそれを振り返る。
「明路が自販機のアイスでいいって言うから、おじさん、小銭くれて行っちゃったじゃないの」
だんだん、しょうもなくなってきた話を聞き流しながら、道の先を見る。
いつもと変わらぬ町並みだ。
そこに自分のおじさんの姿を置いてみる。
『格好いい明路のおじ』とやらを知らないからだ。
その人影はバス通りに歩いていき、そのまま消えた。
そして、やがて、明路たちの記憶からも消えていく。
そこまで想像して、ようやく安堵した。
誰が、の方が気になったのは、『明路の日常』に異物が入り込んだと思ったからか。
それとも、『格好いい』が気になったからか。
……後者だとは思いたくないな。
杞憂というフィルターを取り除けば、これ以上ないくらい、平和な光景が繰り広げられている通りに、聡子の声が響き渡った。
「ねえ~、由佳はアイス食べないの~?」
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