喫茶店



 茶色い外装に、中が見えづらい造りの窓。


 そこに、店に不似合いな明るい配色の『氷』と書かれた吊り下げ旗が揺れている。


 夏じゃないのにな、と思いながら、明路はその喫茶店に近寄り、壁に張りつくようにして、中を覗いていた。


「ちょっとあんた、なにやってんのよっ」


 聡子が後ろから肩を掴む。


 あの店から窺っているうちに、身体が自然に此処に来ていた。


「あっち見に来たんでしょ!?

 明らかに不審人物よ、あんた!」


 そう叫びながら、彼女こそ挙動不審に、周囲を見回している。


 少し変色したレースのカーテンの向こうには、客の姿。


 壁に張りついているせいで、斜めになっている視界に、近所の主婦っぽい二人組と、一人のサラリーマンらしき男の背中が見えた。


「ちょっと!

 中で、マフィアが取引してるんでしょ!」


 自分を止めようと叫ぶ聡子に振り向かずに言った。


「この辺りにマフィア居ないよ。

 暴力団のフロント企業なら近くにあるけど」


「いや、だから、そもそも、あんたが言い出したんでしょうが、それっ!」

と聡子はキレている。


 まあ、ここで暴力団が取引してようと興味はないんだが……。


「聡子、先、帰っていいよ」


 それより気になる背中が、今、窓際にあるのだ。


「はあ? なに言ってんの?」

 



 聡子は、何故か煉瓦色の壁に張りついている明路に、


「はあ? なに言ってんの?」

とキレ気味に言ってみたが。


 相変わらずな明路は人の話など、なにも聞いてはいない。


 ……どついてやろうか。


 その瞬間、あんたが嫌いだったとは言ったが、普段、彼女を嫌いなわけではない。


 だが、今は無性にどつきたかった。


 今後のことを考え、ちょっと小突くくらいにしようと思ったその手をはたき落とされる。


 へ……。


 明路は前を見たままだ。


「なんでわかった?」

「殺気を感じたから」


「忍者か」


 そういえば、明路は、ドッジボールが得意だ。


 運動神経はぶち切れているのに、何故かいつも最後まで残っている。


 逃げ足が速いんだろうと……がいつも笑ってた。


 ……誰が?


 誰だっけ?


 そう言って、笑っていたのは誰? と聡子が思ったとき、


「明路」


 聞き覚えのない男の声が後ろから明路を呼んだ。


 明路は、びくりとしたように振り返る。


 その顔につられるように、自分もまた緊張しながら振り返り、男を見上げた。





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