レール

 

 明路は少し学校に遅刻した。


 教師に怒られている間、由佳が自分の席から、胡散臭げにこちらを見ていた。


 遅刻をした。


 その事実が響いたのは、その一瞬だけだった。


 すぐにまた、ゆるゆると元のレールに戻っていく。


 座敷童に会い、老人とお堂を探し、そして――


「何が怖い喫茶店よ。

 ただの入りにくい店じゃないの」


 今、目の前で聡子が言っていた。


 なんてことないその言葉を不思議な感慨を持って聞く。


 自分の言う怖い店ではなく、手前の喫茶店に行きたいと聡子は言った。


「いいよ。

 行っても」


 意気込んで何か言おうとした彼女は肩透かしを喰らったような顔をする。


「いいよ、行こう。

 望むところよ」

と言うと、


「何が望むところよ」

と眉をハの字にしていた。

 

 

 

「待って待って。

 ちょっと待ってー」


 聡子は、明路がそう叫びながら、後ろを走って来ていることに気づいていた。


 だが、なんだか足が止まらなかった。


 どんどん気だけが急いて、現実の歩みが追いつかない、そんな感じだ。


 学校のすぐ近くにその喫茶店はあった。


 自分の親たちも通う馴染みの喫茶店だ。


 今は季節でないので、氷の旗はない。


 昔からあるので古く。


 一部が大きな木の陰になっていて、涼しげな感じだが。


 見ようによっては、此処こそが怪しい。


 明路が此処を苦手としないのは、既に知っている場所だからだ。


 同じ通りにあるのに怖いというあの喫茶店は、彼女の知り合いの中で、入ったことがあるものが居ないから。


 ただ、それだけのことだろう。


「いてっ」


 聡子の頭に鼻をぶつけ、明路は止まった。


「あ、此処。

 来たよね、そういえば、夏」


 明路もまた思い出そうとするように、今は縁台もない店の前を見る。


 色褪せたカーテンのかかる小窓には、可愛らしい陶器の人形などの置物が置かれているが、全てが客の土産か何かなのだろう、統一性がない。


 此処で、氷を食べた。


 聡子は古い記憶を辿る。


 何人か居て、氷を食べてて。


 案の定、明路が氷を全部食べ切らないと言い出して。


 窓の下、細長く小さな花壇のある地面を見ていた聡子はふいに気づいて言った。


「私、あんたのこと嫌いだったんだわ」


 明路は笑い、


「そうかもね」

と言う。


 この子、こんなだったかな、と時折思う。


 ぼんやりとした外見はそのままだが、時折、普通に話していても、ゾクリとするときがある。


 明路はこちらではなく、視線の少し先にある、彼女の言うところの怖い喫茶店を気にしているようだった。









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