第二章 特別棟の花子さん

女子トイレ

 

「此処、此処」

と春香が特別棟一階の女子トイレを指差した。


「此処の一番奥に、トイレの花子さんが閉じ込められてるんだって。


 ときどき、ドンドンッ!


 って、中から戸を叩く音がするそうよ」

と浮かれた声で言う。


 どの辺が面白いポイントなのか、明路にはわからない。


 春香、文枝、聡子に続いて、由佳が入り、自分が入る。


「あー、一番奥、閉まってるね」


 使っていないトイレのドアは大抵開いているのだが、そこは人気もないのに閉まっていた。


 雰囲気は満点だったのに、由佳があっさりそのドアを開け、中に何もないことが露呈した。


 もっとドキドキを楽しみたかった春香たちが、由佳に大ブーイングを浴びせかける。


 それを聞きながら、


 いやいや。

 だったら、こんな情緒のない奴を連れてきちゃ駄目だろう、

と明路は思っていた。


 はいはい、帰った帰った、と由佳は彼女たちの背を押す。


「昼休みはもう終わりだよ」

と。


 自分はトイレに行くからと、由佳は一人そこに残る。


 何故わざわざ、花子さんの居るトイレで、とみんなにいぶかしがられていた。


「遅れるよ」


 囁くように言い、笑う由佳に手を振られ、自分もまた、仕方なくそこを後に――


 ……するフリをした。



 

 洗濯機が回るのをぼうっと見ていると落ち着く。


 昔、一人暮らしをしている友人がそう言っていた。


 莫迦じゃないのと思ったが。


 何故だろう。


 今、多めに入れた洗剤で泡立つ水が渦を巻くのを見ていると、妙に安心する自分が居た――。

 

  

 

 なんで、校舎の壁ってこんなにひんやりしてるんだろ?


 そんな暇なことを思いながら、明路はじっとしていた。


 由佳が通るであろう道筋とは反対側の廊下の陰、階段下の白い壁にぴったりと寄り添うようにしていた。


 そのうち、足音が聞こえてきた。


 由佳が出て行ったようだ。


 そうっと女子トイレに入る。


 一番奥の個室は閉まっていた。


 そこに行き、静かにドアを押し開ける。


 だが、中には和式の便器が据えられているだけだった。


 おかしいな。


 『あれ』を持ってるのに見えないぞ、と思いながら、ドアを閉めようと、乗り出していた身を引きかけたが。


 どうも、何かが気になり、ドアの向こうを覗いてみた。


 ドアの陰、身を乗り出すために腰を屈めた自分の顔の真横に、おかっぱの少女の顔があった。


「ひゃっ……」


 脳天を突き抜けるような悲鳴を上げかけたが、


「うるさい。

 黙れ」

という声に阻まれる。


「よく私を見つけたな、明路」


 幼い少女は上から目線でそう言ってくる。


「あ、えーと。

 初めまして」


「私は初めましてではないぞ」


 そうですね。

 実は私もそうなんですが。


 もちろん、彼女が言っているのはそういうことではないだろう。


 こちらは知らなくとも、自分は私を見張っていたと言いたいのだ。


 彼女は腕を組み、しばらくこちらを見上げていたが、やがて、小さなその口を開く。


「お前、私の存在を知っていたか」


 そうですね。


「今、ようやく此処に来たのには、何か意味があるのか」


 そう言われると困るんですが。


 しばらく間を置き、

「……どうしたいんでしょうね、私」

と呟くと、座敷童は顔をしかめ、


「決まってから来い」

と言った。


「そうですよねえ」


 間抜けな返答をもう一度返すると、童は呆れたように、こちらに背を向ける。


「お邪魔しました」


 ま、今日は存在を確かめられただけで、オッケーか。


 そろそろすべてが動き出す頃だから。


「明路」


 童は、首から上、のっぺりとした顔だけをこちらに向けて言う。


「お前、もしかして、私を消しに来たんじゃないか?」


 ドアはゆっくりと閉まった。


 ぴたりと閉じたそこを見ながら笑い、呟いた。


「……いいえ」







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