続・幽霊階段
櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん)
第一章 杜の学園
杜の学園
鬱蒼とした木々に囲まれた学園。
雨の中で白い壁が青くくすんで見えるが、校舎は結構、最近建てられたものだ。
昔は名の知れた学園だったようだが。
近年、少子化の影響か、生徒数は少なく、各教室、一人につき、二つずつ机が使える。
自分の机の隣が空き机なので、いろいろ物を置けるのだ。
その隣の空いた机をぼんやり見ていた明路に、春香が訊いてきた。
「由佳、何処行ったの?」
明路は顔を上げ、彼女たちを振り向いて言う。
「購買にパン買いに行ったんじゃない?」
私、見て来る、と言い置いて、教室の外に出た。
購買に行くため、階段を駆け下りようとして、ふと足を止める。
姿勢を正すためにあるという踊り場の大きな鏡。
それを見つめる。
異国の血が入ったかのような女がこちらを見ていた。
鏡の向こうにいる彼女から視線を逸らさず、見据えていると、
「明路ー」
と上から声がする。
振り返ると、階段上に、隣のクラスの橘美緒が立っていた。
「明路。
今朝、あの幽霊階段のところで、髪の長い男の人と会った?」
「えーと。
会ったっけ?
なんかそんな気もするけど」
と答えると、階段上にいる美緒は両の腰に手をやり言った。
もう、と美緒は、両の腰に手をやり、こちらを見下ろすと、
「相変わらずねえ」
と愚痴る。
美緒は、それを見ていた子がその人が格好良かったと言っていたので、自分も見てみたいと言い出した。
「あれ? 由佳」
と美緒は自分が居る位置より下を見る。
購買の茶色い紙袋を持った由佳がこちらを見上げていた。
「幽霊階段がどうかしたの?」
と言いながら、由佳は横を通り、上がって行く。
「いや、あそこで、二組の松村が格好いい人見たって話。
まあ、でもきっと、由佳の方が格好いいよ」
冗談めかして言う美緒に、
「それはどうも」
と笑って返している。
その遣り取りを少し面白くなく見つめる。
美緒が去った後、明路は由佳を振り向き言った。
「幽霊階段か――。
あそこ、そう呼ばれてるんだよね。
なんでだか知ってる? 由佳」
と窺うようにその顔を見た。
由佳は少し考え、言う。
「あの辺薄暗いからでしょ。
塀から伸びた木が揺れてるとことか、遅い時間に見たら、なんか居るように見えるしね」
「由佳でも怖いものとかあるの?」
と言うと、由佳は、
「幽霊なんかより怖いものは幾らもあるよ。
お腹減ってんのに、パン全部、売り切れてたりね」
と言う。
「昼休みに予約してる奴とか居るからなあ」
と愚痴っていた。
「今日も最後の一個だったよ、焼きそばコロッケパン」
と紙袋をこちらの頭の上に載せて見せる。
パンの重みが伝わった。
「何個入ってるの?
由佳、顔のわりに食べるんだから。
っていうか、焼きそばとコロッケって……。
挟み過ぎだと思うんだけど」
「お……明路にはわからないよ」
そう由佳が笑って言ったとき、おーい、と上の廊下から声がした。
同じクラスの春香たちが顔を覗ける。
「ねえ、もうお昼食べた?」
その言葉に、由佳はまだ開けてもいない紙袋を差し上げて見せる。
「なんだ。
さっさと食べなよ。
今からちょっと特別棟に行かない?」
「なにしに?」
と由佳が訊く。
特別棟は美術室や音楽室のある棟だ。
「トイレの花子さんが閉じ込められてるトイレがあるんだって」
と文枝が笑う。
「特別棟?
ちょっと待っててくれるのなら」
「さすが由佳様。
よかった。
私たちだけで行くのはちょっとね」
と笑う春香に、由佳は、じゃあ、行くなよ、と言って苦笑いしていた。
明路はそこで、由佳の手にある紙袋を後ろから引っ張ってみた。
由佳は、
「なに? 食べたいの?」
と言い、いきなり、焼きそばコロッケパンを剥いて、こちらの口に突っ込んできた。
「ん~っ!?」
と抗議しながら、それを外す。
「じゃ、すぐ食べるから。
一個明路にやっちゃったし」
と笑いながら、由佳は春香たちの後について歩き出す。
もうっ、とそれを外しながら、明路は思った。
結局、行くことになるのか、特別棟。
まあ、あまり、ルートを外れても、先が読めなくなるからな、と思った。
『女にはわからないよ』か――。
先を行く友人たちと由佳を見送る。
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