第10話 くるくる救助隊! くるくる救助隊!

《キュン》

《キュン》

《剣姫にキュンです》

《ごとうきゅん》

《ごとうちゃん、な》


 コメント欄がきゅんで溢れかえる。そんな中、鐵郎は……。


「ごとうちゃん? ごとうちゃーん! おい! いもうとさん! ごとうちゃんが白目を剥いている」


 気絶していた。


「あまりにも意味不明な慣れない状況に脳がショートしたみたいですね。にいさん、基本は馬鹿なので」

《いもうとちゃん辛辣w》

《ごとうちゃん、アホやったんか……》

《まあ、ダンジョンで魔物をケツで吸う冒険者はアホやろ》

《いい意味のアホ》


 立ったまま白目を剥いている鐵郎に恵はポニーテールを振り乱し慌てる。


「ど、どうしたら……そうだ、救助隊を……救助隊を呼ばないと」

「もう呼んでいます」

「そ、そうか……あと、私に出来ることは……やはりこの場合目を覚まさせるための……キスか」

「デュバァアアアアアア! なんでだよ!」


 『キス』のフレーズが出た瞬間、鐵郎は覚醒し、飛び退く。目覚めた鐵郎を見て恵は潤んだ瞳で熱っぽい視線を向ける。


「ごとうちゃん、目覚めたか。いや、なんでだよと言われても、大体こういうのはキスで目覚めるものじゃないか」

「じゃないっすよ! なんだこのメルヘン脳!」

《すみません、僕も今気絶しています》

《起きとるやないか》

《僕もです》

《起きとるやないか》

《メルヘン剣姫だったんか》


 純粋無垢なメルヘンアイを恵から向けられた鐵郎は視線を外す。そして何かを見つけた鐵郎は慌てて駆け出し戻ってくるとそれを恵に差し出す。


「あ、あの、恵さん。ほらー、靴ですよ。【蜘蛛の糸】にくっついてました。これ、きっと恵さんのですよね。はい、どうぞ」

「ああ……ふふ……」

「??? どうかしました?」

「いや……なんだか、結婚しそうな光景じゃないか?」

《え?》

《あ》

《ガラスの靴ではないけど》

《ごとうちゃんはおうじちゃんやったんか》


 鐵郎はそう言われ状況を確認する。足を差し出す恵、そして、その美しく長い足に靴を履かせようとする鐵郎。鐵郎の全身から汗が噴き出る。


(ああああああ! あるあるー! シンデレラにこういうシーンあるあるー!)


 パニック状態の鐵郎だが、今更靴を引っ込めるわけにもいかずほぼ白目の状態で泡を吹きながら靴を履かせようとする。綺麗なおみ足、その先の整った身体、そして、間違いなく美女である恵の顔、そして、ちょっと踏まれているようなアングルに鐵郎はドキがムネムネしていた。そして、混乱していた。


「あ、あばばばば……!」

「……時にごとうちゃんは味噌汁とか好きか?」

「なんで味噌汁?」

「ふむ、そ、そうだな……私は、味噌汁作りの達人でな」

《味噌汁作りの達人www》

《急展開》

《魔物の3枚おろしも得意でな、このひと》

「はあ、先輩は味噌汁作りの達人……?」

「今回の礼に、味噌汁でもどうかなと」

「はあ、まあ、そうですね、食べたいかどうかで言えば食べたいかと」

「食べたいのか食べたくないのかどっちなんだ?」

《ごとうちゃん筋肉に聞け!》

《心に聞け》

《おしりにも聞け》

「た、食べたいです! 先輩の味噌汁食べたいです!」

「ふふ……そうか……なんだかプロポーズみたいだな」


 桃色に染めた頬を両手で挟むといやんとかぶりを振る恵を見て鐵郎は汗を華厳の滝に増量させる。


(あるあるー! 味噌汁プロポーズ! っていうか、誘導してんじゃねーか!)


「えーっと、とりあえず、出ましょ? ね?」

「そうだな、早く出て区役所に届け出を……」

「なんでだよ!」

《早い早い!》

《急展開》

《結婚の決め手はケツです》


「先輩、肩貸しましょうか?」

「いや、足はもう大分……いや、そ、そうだな、ちょっと身体を借りよう」


 そう言って恵は鐵郎の腕を取り自身の腕を絡ませる。鐵郎は何事かと慌てるが恵の力があまりに強く引き離せない。


「ふふ……デートみたいだな」

「なぁああんでだよ! あるきづら!」


(なぜなぜなぁあぜ!? 高校時代から変わってた人だと思ったけど、この人、こんなにメルヘン脳だったか!?)


「あの、お二人……今、妹でありカメラマンである私と、視聴者たちがいることを忘れないで下さいね」


 それを聞いて青ざめる鐵郎と赤くなる恵、そして、白い目で見ている色白のふわり、黄色い声を上げ続けている視聴者。


《キャー!》

《こっち見んな。そっちで見つめ合え》

《あとは若いもんで楽しんでもろて》

《式には呼んでくれ、配信求》

《ごとうちゃんさぁあああああん!》


「あ、す、すまん! 私、なんということを……!」


 パッと腕を外し背を向ける恵に鐵郎は何か告げようとする。その時、鐵郎は気づく。


「先輩、その背中の液体……なんです?」

「背中……?」


 恵の背中についていたのは、半透明の薄い桃色の液体が背中にべったりとついて甘い匂いを放っていた。


《ピンクっぽい何かがついてるね》

《あれ、蠍の唾液とかじゃないの?》

《いや、あれは多分》

《お、解説ネキ》

《高揚液だな》

《高揚液?》

《通称、ガチエナドリ。私たちが普段飲むエナジードリンクの冒険者版というべきか。気持ちを興奮、高揚させる作用があって戦闘中に痛みを緩和させ魔力を一時的に上げる目的で使う場合が多い。もしくは相手に冷静な判断を失わせるため。そういう意味では》


「恐らく、あの若者たちだろうな」

「【GoinMyWaY】っすか」


 恵の予想通り、GoinMyWaYの一人が恵とアルが話している隙に【隠密】効果のあるアイテムで恵に近づき高揚液を塗っていた。目的は、恵の判断力を落とすため、そして、あわよくばそのまま持ち帰るため。


(あーなるほどー、この液のせいで先輩は……あっぶねー本気だと騙されるとこだったわー)


 鐵郎は心の中でほっと胸を撫でおろしつつ、恵の背についていた高揚液をとって恵に見せると、恵は顔を歪ませる。


「ダンジョン内で彼らも配信をしていたので油断していたな。どうやら画面の死角を使うのが随分うまい連中のようっ……!」


 恵がため息交じりに首を振っていたが、すぐさま何かに気づき、鐵郎の胸をどんを押す。


「にいさん!」


 ふわりが叫ぶ。だが、それは恵に対する警告ではなく、それ以外のものに対する警告でふわり自身も飛び退き、自身を襲おうとした何かを映す。


《なんだ!?》

《またモンスターか》

《いや、魔物じゃないやろ》

《人間?》


 覆面をつけた人間が画面に映る。両手にナイフを持ち、明らかにふわりを狙っていた。そして、その画面の奥では3人の、これまた覆面に鐵郎と恵が囲まれていた。


「おいおい……馬鹿か、コイツらこれだけあからさまだとバレバレだろ……」


 鐵郎の呟きをかき消すように襲い掛かる覆面達。だが、その背格好は完全に【GoinMyWaY】の面々。強引に鐵郎を斬ろうと長剣を振り下ろすが、逆手に持ったナイフに受け止められる。


「うるせえ……黙って死ね……! クソ芸人……!」


 鐵郎にしか聞こえないような小さな声で呟いた覆面を蹴り飛ばし、恵の元へ戻り背中合わせに互いを庇う。


「恐らく、彼ら自身はカメラマンを残して強襲された振りをしてカメラを破壊。あとで自分たちでダメージを与えあってモンスターに襲われてその場で休んでいた。まさか奥でそんなことが起きていたとは思わなかった……!」

「ほんと迷惑系の極みだなあ! イレギュラーが殺されたからって、色んな物的証拠を消すためにこんなことするなんて!」


 イレギュラーに恵たちが殺された場合、【剣姫】が殺されるほどの魔物であれば恐怖でパニックになり自分を守ろうとしてやってはいけないことをしてしまったと謝罪すればなんとかなる。

 だが、イレギュラーが死に、すべてが無事に終わった今、自身の悪行だけが残ってしまう。そう考え慌てた彼らは、冷静になれば選ばないであろう選択肢を選んでしまった。


 証拠隠滅。


 その為にカメラマンさえも襲う非道な行為。そして、あわよくば彼らの中に、恵とふわりという二人の美人を襲ってしまおうという浅はかな欲望が芽生えてしまっていた。


 小柄で両手にナイフを持った男の覆面の奥にある目はギラつき、ふわりを見つめ続けている。だが、そのナイフはふわりに届かない。


《妹ちゃん、すごない?》

《カメラ向けたまま、避けてるぞ》

《おれ、ちょっと画面酔いしたかも》

「くそ……! この女早い……!」

「わたしは、カメラマンだからほぼ戦闘能力はない。だけど、にいさんの足を引っ張らない程度の自己防衛能力はあるの。それに、わたしはにいさんにとっての『しごでき妹』だから。絶対にその期待は裏切らない」


 ふわりはそう告げると、一瞬画面から小柄な男を外すと、その細い足を鞭のようにしならせ男の足を払う。態勢を思い切り崩した男の頭が地面につきそうになりなんとか堪える。その時、男は頭上の細い影に気づく。そして、それがふわりの足だと気づいた次の瞬間には頭の痛みを感じ意識を失った。

 倒れ込んだ男を画面に映る。


《4,4んでるー!?》

《いや、いきてるいきてる》

《いもうとちゃんも強いんかい!》

「ぶい。それでは、にいさん達の活躍もごらんください」


 そういってふわりは鐵郎たちの方へ画面を向ける。

 背中合わせの2人が4人と対峙したままにらみ合っている。


「……なあ、ごとうちゃん」

「なんですか?」

「この状況、カップル冒険者みた「いきますよおお!」」


 メルヘン脳な剣姫を置いて駆け出す鐵郎。自身の方にいた覆面二人の間を通り抜け背中をとろうとする。一方、恵は動かずに他の二人をじっと見つめている。

 覆面の男は恵の足を見て覆面の中でにやりと笑うと、剣を握りしめた手を緩める。


「抵抗しなければ、とーっても気持ち良くしてやるぜ?」


 多少声色を変えてはいるが聞き覚えのある声に恵はため息をつき剣を握り直す。


「お前たちは勘違いをしている。ひとつはイレギュラーの強さ。ごとうちゃんが倒せた程度なら大したことないと思っているのではないか? そして、私の強さ。そんなイレギュラーに苦戦した私はより大したことないと思っている。そして最後にお前たちの強さ。登録者数に酔いしれ自分たちの実力を勘違いしているようだが、お前たちは弱いよ。ただ、情報を操り自分たちの都合のいい環境でぬくぬくと生きていただけだ。だから……」


 纏めた黒髪がくるりと回転しいつの間にか、恵の剣は振られており、鐵郎の方を見ていた男達も含め4人地面へと崩れ落ちていった。


「私は負けない。お前達如きには、な」


(ば、ばかな……!)


 隠密用アイテムで身を隠していた【GoinMyWaY】のリーダー、アルは目を見開き震えていた。


「くそ……こうなったらアイツらの暴走にして、俺だけでも……!」


 アルが振り返ると、そこには……パンイチの男が立っていた。


「アルアル探検隊~、アルアルはっけ~んだ~い」

「ぎゃ、ぎゃああああああ! あべす!」


 鐵郎の一撃に吹っ飛ぶアル。態勢をすぐに立て直し驚愕の表情で鐵郎を見つめる。


「な、なんなんだよ! なんで、お前……そんなボロボロでこんなとんでもない力が……! 俺は、打撃軽減効果の【軟体】の固有スキルをもっているのに……! あああああ!」

「いたああああああ!!! ぬ、ぬう……お、俺の固有スキルを教えてやろう。俺の固有スキルは【リアクション】。ダメージを受ければ受けるほど魔力が蓄積され反撃時に加算されるってわけだ……!」


 アルの一撃に絶叫した上でにちゃりと笑う鐵郎がグローブを嵌めた両手をブーメランパンツをはいた尻を輝かせる。恵の背中から掬い取った高揚液のせいか手がピンクに妖しく輝く。


「さあ、ケツ着の時間だ……!」

「いやあああああああああああ!」

《ごとうちゃん!》

《ごとうちゃんには剣姫が!》

《ごとうちゃんのお尻がアルに奪われる》

《アッー!》

《ごとうちゃんさーん!》



 やっと来た救助隊。彼らに連れていかれたのは、鐵郎たちではなく無残に鐵郎の尻に魔力を搾り取られ、胸の部分が不自然に焦げた【GoinMyWaY】の面々だった。

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