第8話 俺のおしり、勝てるのかい、勝てないのかい? どっちなんだい?

《ごとうちゃんの服がメイド服に変わったんですがあれはどういう魔法ですか?》

《分からん。はじめてみた。あんな魔導具》

《な? この前キラーズの新作出てたけど形状変化の魔導具なんてなかったな》

《説明しよう! あれはごとうちゃん専用魔導具『OSIRIS』》

《OSIRIS?》

《そう! あれは、錬金術で作った特殊な魔法植物由来の素材に、これまた特別な魔法術式を組み込んで、ごとうちゃんの脳からでる魔力や声を分析してその状況に適応した服装に切り替わるのだ》

《おおー!》

《なんでそんなに詳しい?》

《おれが作った》

《は?》


 クレイジーモンスターズチャンネルのコメント欄で鐵郎の持つ形状変化型魔導具の話が進む中、鐵郎もまた自身の装備に話しかける。


「へい! おしり! なんで、メイド服なんだい!?」

『はい、それは……』


 だが、鬼面蠍はのんびり会話を待ってはくれない。獲物である恵を食べる瞬間を邪魔したメイド服姿の男に対し威嚇交じりに鋏を振り下ろす。鐵郎は振り下ろされた左の鋏を滑るように躱す。


『このメイド服は完全にではありませんが、その環境に合わせた色の変化が可能。さらに、現在登録されている戦闘服の内、最も音の立ちにくい仕様であり』


 そして、鋏に沿うように真っ直ぐ駆け出し腰に差していた蠍用ナイフで足の関節部を狙う。


『最も暗殺に向いた服装になっております』

「なるほどね! わかるかーい!」

「!? ギャアアアアアアアア!」


 OSIRISの解説とナイフで攻撃されるまで全く気付かずに悲鳴を上げる鬼面蠍を見て鐵郎は独り言ちて頷く。そして、一旦距離を取ろうと後ろに飛ぶ。メイドスカートがふわりとなびき音もなく着地したことに鐵郎は驚きにやりと笑うと円を描くように走り尻尾の根元に滑り込みナイフの刃を入れる。


《つまり、今の形状は音と姿を消すことに特化した服装ってことです?》

《そのとおり!》

《え? すごない?》

《コイツ……何者?》

《まあ、ごとうちゃんファンのしがない錬金術師よ》

《しがないを辞書で調べた方がいい》


 視聴者は、自称錬金術師の男の解説を読みながらガタガタと揺れながら鐵郎と鬼面蠍の戦闘の映る画面にくぎ付けに。移動する画面に、黒いポニーテールの女剣士が映るとまたコメント欄が盛り上がる。


《おおー! やっぱり【剣姫】福徳恵!》

《やっぱ美人やな》

《靴が片方脱げてる。腫れてない?》

「大丈夫ですか?」

「え、ええ……貴女は彼のカメラマン? 彼は一体……?」

「最近ダンジョン配信を始めましたごとうちゃんです。わたしはごとうちゃんの妹です。チャンネル登録よろしくおねがいします」

《こんな時も宣伝www》

《妹ちゃん根性あるな》

《剣姫きょとんしてるやん》


 コメント欄の言う通り、口をぽかんと明け呆気にとられる恵だったがすぐにハッと意識を取り戻し慌てて話しかける。


「そ、それより! 彼を助けないと……! え? ダンジョン配信始めたばかり?」

「はい」

「う、うそでしょ! それであんなにやり合えてるの!? あのモンスター、絶対イレギュラーよ!」

《イレギュラー、マジか》

《剣姫がやられるレベルがここにいる時点でそうでしょ》

《確かにそれとやりあえてるごとうちゃんは一体……》

「わたしのにいさんですから」


 コメント欄と恵のつっこみが見事にシンクロする中、ふわりはカメラを向けたまま話し続ける。


「にいさんは……血を流したくないんです」

「は?」

「あまりにひどい出血だとBANされちゃうことがあるじゃないですか」

「はあ!?」


《どういうことですか?》

《冒険者は自己責任だし魔物はガチで56しにくるから結構絵面がえぐいことになる》

《D-tubeでも一定レベルのエグさになると限定配信になるか配信が止まる使用になってるんよ》

《このシステムが本当に天才過ぎる。どうやってるんか知りたい》

《錬金術師ニキがいつか解説してくれると信じている》


「なので、にいさんは安全マージンをとることは絶対に忘れません。それがプロのお笑い芸人だって。だから、最大限笑いを取る為に、そして、普通の冒険者さんに迷惑を掛けないために、半年間みっちりトレーニングを重ねましたし、このダンジョンについてもちゃんと勉強してきました」

《確かに、ここはゴブリンメインやけどちゃんと蠍対策のナイフも持ってた》

《蠍の方も本来行くつもりはなかったみたいやしな。ソロには蠍不利やし》

《普通の冒険者に迷惑かけないのも重要よな。時々マジでネタの為にめっちゃ迷惑行為してる奴もいるし》

《ごとうちゃん、真面目やん》


(ぬわあああああ! ふわり何言ったの!? コメント欄がめっちゃ恥ずかしいことに! 裏側の話はマジでやめて!)


 鐵郎が偶然目に入ったコメントに赤面しながら鬼面蠍を削り続ける。

《いや、ガチで素人の動きじゃねえ》

《初見? あとでごとうちゃんのトレーニング動画見たらいい。動きがなくてつまらん上に挟み込むギャグも滑ってるけどやってることはエグかった》

《マ?》

《その上多分配信終了後には血の出る可能性のあるエグめの戦闘訓練してる。翌日包帯まみれの日もあったし》


 考察班のコメント通り、鐵郎はプロアスリート並みのトレーニングを行っていた。


 ただのトレーニングではつまらないからとおもしろ要素を組み込んでいた為によりキツイトレーニングになっていたのだが、淡々としている上にそのおもしろ要素事態が滑っていたのと、間に差し込むギャグがより滑っていたので視聴者は多くはなかった。

 そして、トレーニング後は、トレーニング用ダンジョンで様々な状況を想定しての戦闘訓練を行っており、生傷も絶えなかった。


 その結果と戦闘服の効果によってイレギュラーを曲がりなりにもわたりあえていた。


 だが、鐵郎のナイフは飽くまで小型の蠍用に準備したものであり、巨大な鬼面蠍用ではなく、決定打を与えられない。更に、鬼面蠍も鐵郎の動きが見慣れ始め徐々に鐵郎の身体に攻撃をかすめていく。


「ギャハアアア!」

「うぐっ!」


 そして、遂に鬼面蠍の鋏が鐵郎の腹を思い切り叩き鐵郎が吹っ飛ぶ。

 ズザザと砂煙を立てながらなんとか堪える鐵郎だったが顔は歪み痛みに苦しむ様子を見せる。


「もう十分だ! えっと、ごとうちゃんといったか! ごとうちゃん撤退だ!」


 恵の制止する声が飛ぶと鐵郎はにやりと笑い、零れそうな血を飲みこんだ。


「いやいや、冗談でしょお? こんな地方のダンジョン。このイレギュラーを倒せるレベルの冒険者が来るまで何時間かかるんすか? その間にダンジョンから出たこいつが人を殺したらどうすんすか?」

「……」


 鐵郎の言葉は正論。地方ダンジョンでは救助は遅くなるのは常。警察が初動で駆け付けるとされているが、魔物に対しては無力に近い。なので、恵も反論できず唇をかむことしかできない。


「人死には笑えねえ! つまんねえ!」

「だ、だが……君が……」

「俺は! 死なない! お笑い芸人が死んだらマジでつまんないでしょ」

「ごとうちゃん……!」

《ごとうちゃん……!》

《ごとうちゃん……!》

《ごとうちゃーん!》


 誰もが鐵郎の気持ちと言葉に称賛、そして、尊敬の思いを込める。たった一匹を除いて。


「ギシャアアア!」


 鬼面蠍が両の鋏を交互に振り下ろし左右から鐵郎を襲う。前に出れば尻尾が待ち構えているであろう隙のない波状攻撃に鐵郎も後退の選択肢しか与えられず、ふらつきながら下がりダンジョンの壁へと近づいていく。勝利を確信した鬼面蠍はにちゃりと笑い、そして……笑うのをやめ、視線を落とした。


「ゲ?」


 そこにあったのは、靴。片足だけの【剣姫】の靴。そして、【蜘蛛の糸】。


 鐵郎はふらついているように見せながら少しずつこの場所にズラし誘導していた。

 小さな蜘蛛の糸は決して鬼面蠍の足を止められる粘着力ではない。だが、一瞬だけ足に当たった異物に意識を奪われたその瞬間、鐵郎は跳んでいた。

 突然目の前に現れた鐵郎に驚いた鬼面蠍は一度瞬きをし、自分の目が開かなくなったことで二度驚く。


《うおーー! ごとうちゃん! まさか!》

《あれって、マジか》

《まさか洗濯ばさみがここで!》


 鬼面蠍の瞼に挟まれていたのは洗濯ばさみ。鐵郎がゴブリンとTKB相撲をしようとしていた洗濯ばさみが鬼面蠍の瞼を挟み開かせないようにしていた。


《でもなんで洗濯ばさみごときで開かないんだ?》

《説明しよう!》

《まさかあの洗濯ばさみも錬金ニキが!?》

《そのとおり! アレも特殊な洗濯ばさみで魔力を込めると強く洗濯ばさみが挟み込むのだ》

《叡智の無駄遣いw》

《そして! 洗濯ばさみが外れた瞬間、その魔力が行き場を失い》


「人を傷つけ笑顔を奪った罰ゲェエエエム!」


 鐵郎が笑い、思いきりひも付き洗濯ばさみを引っ張り外すと、洗濯ばさみが、爆発した。


《爆発w》

《爆破するんか》

《スゲエ》

《ていうか、ごとうちゃんあの洗濯ばさみでTKB相撲するつもりだったんか》

《爆破の度合いは所有魔力によるからやはりあの蠍は化物だな》


「イギャアアアアアアアアア!」


 目を襲った爆破に悲鳴をあげる鬼面蠍だったが自身の身の危険を感じとにかく前に尻尾を振り下ろす。


「させない」


 そう言ったのは【剣姫】。ポーションが効き始めなんとか動くようになった足を無理やり動かし飛び出した彼女の全身全霊を込めた一撃は鬼面蠍の尻尾を真っ二つに切り裂く。

 地面に転がりながら恵は上を向き叫ぶ。


「ごとうちゃん! 今だ!」


 跳躍し己の拳に全魔力を込めた鐵郎が鬼面蠍を睨みつける。


「へへへ……おっしゃああああい! いよいしょおお!!」

『はい、衣装を変換します』


 鐵郎の『へ、へへへ……おっしゃあああい! いよいしょおお!』を『へい、おしり、衣装』に誤認したOSIRISのパンツが輝きだす。

 そして、


『現状のマスターの魔力に耐えうる形状に変化します』


 指ぬきグローブとブーメランパンツに切り替わる。鐵郎はそれに構うことなく、思い切り天井を蹴り、鬼面蠍に飛び込む。


《ごとうちゃん!》

《ごとうちゃん!》

《ごとうちゃんいけ!》

《ごとうちゃーん!》


「ががががぎぎぎぎぐぐぐぐげげげげごとうちゃんヒップアターック!」


 鐵郎の渾身の一撃はヒップアタック。だが、それでも鬼面蠍は倒れない。

 鋏を必死に動かし鐵郎を狙う。

 その時目が見えず感覚が鋭くなっていた鬼面蠍は自身の頭が軽い事に気づく。

 魔素で作られた甲殻が薄くなっている。


 それは、鐵郎のお尻、OSIRISの吸魔の力。

 一度、ヒップアタックの反動で上に跳んだ鐵郎は身体を捻じり拳を固める。


「うおおおおおりゃあああああああああ! フル、パワァアアアア!」


 ダンジョン全体が揺れるほどの轟音。

 そして、全てが静まり返り、つぶれた鬼面蠍の死体の上で、ブーメランパンツ一丁の指ぬきグローブを嵌めた拳を高々とあげる元お笑い芸人が笑っていた。

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